「……。伯母様、伯母様はご自分の家の名の由来をご存知ですか」
 心葉がえ、と少し考える。
「土師……のですか。確か埴輪などを造っていたところからの由来だと、私はそう聞いています」
「そうです、一般には。しかし、それは真実ではありません。師とは、それの長、指導者、専門家という意味があります」
 そう言って堂士は庭のほうを向いた。すぐに心葉に視線を戻すと、
「土師とは土を操る《力》を持つ家の名前です」
 と言った。
「土を操る?」
 心葉の表情は複雑であった。堂士が嘘をつくはずのないのは判っているが、理解し難いことだらけであった。
「例えば」
 と堂士は紅茶の入ったカップを指さした。途端、カップはそのままに紅茶だけがスウッと持ち上がった。それはいくつもの水玉となりカップの上をくるくると踊っていたが、やがてカップの中に戻り少し揺らめいて止まった。
「これは、水を操る《力》です」
 瞬きもせずそれを見つめていた心葉は、ハッとして堂士に視線を戻した。
「私の家には、土を操るそのような《力》があると言うのですか。でも、私も石蕗も、家族の誰にもそのような《力》はありませんでした」
 心葉の心の中には、恐怖はなかった。手品を見せられているような気持ちであった。だが、これはマジックではない。堂士の表情がそれを物語っていることに心葉は気づいていた。
「そうだと思います。それは、伯母様の先祖が自らその《力》を封印したからです。時の権力抗争に巻き込まれないように、そして、子孫が普通に暮らせるように、伯母様の土師家はその《力》を捨ててしまったのです」
 堂士はハラリと目にかかった前髪をそっと掻き上げた。
「だが、因子は受け継がれていきました。何十代もの間、そのような因子のない家系との婚姻を続け、血の濃さを薄めてきましたが、因子だけは受け継がれたのです。母は、父と結ばれることによって、私と菖蒲とに土師家の因子を与え、そして、私が父の記憶を受け継いだ時に、土師の封印をも解いてしまったのです」
「堂士さん……」
「何故なら、当麻家は元々は陰陽師の家系でしたが、今の当麻家の初代から、土師家のような因子を持つ家系との婚姻を続け、より強い因子を掛け合わせていったのです。つまり、父の中の因子が母の眠っていた土師の因子の封印を解いてしまったのです」
 しばらくの間、沈黙が流れた。
「当麻に、この土師家を見落とさせたのは、ご先祖の封印のためでしょう。奇跡としか言えません。父諸見も、土師家の《力》を知らずして母と出会ったのです。何故なら、私が諸見から当麻の記憶を受け継いだ時に、土師の《力》を知ったのですから……。つまり、両親とも土師の《力》を知らなかったのです」
 やがて、堂士が自分の手を見つめて言った。
「そして、私たちの祖父は私たちのことは知らないのです。知っていたとしたらすでに私たちは殺されていたでしょう。諸見は、当麻家に母や、私たちのことを知られないことにのみ気を配ってきたのです。父は、その代々の《力》とすでに決められていた伴侶を捨てて、母を選んだのです」
 堂士はスッと立ち上がった。
「伯母様、土師家は安心です。もし、当麻家に知られていたとしたら、もうすでに消滅していたでしょうから。でも、私たちが来たことによってそうとも言えないかもしれません。そうと判っていながら、伯母様のところにしか行くところがない、という理由で滞在する私たちをお許しください」
 堂士が深く頭を下げた。
「いずれその意味もお話しすることが出来るかもしれませんが、今は何も言えず口を噤まなければなりません。伯母様、約束いたします。伯母様と檜香華さんには、絶対に危険が及ばぬようにいたします。ですからしばらくの間私たちの寓居とすることをお許しください」
「堂士さん……。自分の子供たちを、何故追い出さなければなりません? 私にとっては息子娘同然なのですよ」
 心葉が堂士の手を取ってギュッと握った。
「伯母様」
 堂士が軽く手を握り返した。
「ありがとうございます」
 そう言って、堂士は部屋を出た。自分たち兄妹に用意された離れのほうに向かいながら、堂士は檜香華の部屋から洩れる従姉妹同士の楽しげな話し声を耳にした。
(守らなければ……諸見と石蕗が与えてくれた、でも、欲しくはなかったこの《力》を使ってでも)
 堂士は手をギュッと握った。


←戻る続く→