やっとの思いで、綴喜は邑楽家に戻った。即死には至らなかったが、しかし、至近距離で武生の攻撃を受けたのはまずかった。すぐに、八雲と由仁を呼んだ。
 八雲は8歳の弟、由仁は5歳の妹であった。
「お姉様、どうなさったのですか、そのお怪我は」
 八雲が綴喜の姿を見て眉をひそめた。
「時間がないのです。八雲、由仁、よくお聞きなさい」
 綴喜は二人の頭に手を置いた。
「5代邑楽を継いでまだ日が浅いのに、もう6代を決めねばならないとは……。まだ、幼いあなたたちに邑楽家を、邑楽を背負わせなければならない私を許してください。でも、ごめんなさい。私にはあなたたちに詳しく話をする時間がありません。でも、すぐに判るでしょう」
「お姉様」
 きょとん、とした顔で由仁が綴喜を見た。
「邑楽は、今までは夢見の《力》と邑楽の記憶と《力》をすべて持っていました。でも、これからはそれを分けましょう。八雲には邑楽の記憶と《力》を、由仁には夢見の《力》を。これからは、邑楽家の直系の男子には邑楽を、女子には夢見を継いでもらいます」
 綴喜の目に首を傾げる二人の子供が映っていた。
(私の死は、当麻のせい。だけど、その理由を私は受け継がせません。波豆のことは、受け継がせません。淡河殿を手にかけたことは、私にとって、邑楽にとって、たった一つの汚点……。だが、当麻を許さないことだけは、覚えていてください。理由もなく当麻と敵対するのを、あなたたちに課してしまう、この邑楽を許してください。そして、淡河殿、今から謝りに行きますわ。私はあなたが好きでした。あなたのことを尊敬するが故に、あなたに勝ちたかったのです。その気持ちを利用され、当麻の口車に乗ってしまった私を、許さないでしょう。でも、それでも、何度でも謝ります。何度でも。それが、兄のように慕っていたあなたへの、私の贖罪です……)
 綴喜の目が霞んでいく。八雲と由仁の頭から、綴喜の手がゆっくりと滑って落ちた。
「お姉様?」
 二人が同時に呼び掛けた。だが、綴喜の返事は戻っては来なかった。
 そして、八雲は6代邑楽を継ぎ、由仁は夢見の《力》を継いだ。
 これ以後、邑楽家の直系の男子は、夢見の《力》を持つことはなかったし、直系の女子は、邑楽の記憶を継ぐこともなかった。


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