系図



 湯谷寺。
 観円は相月に話を切り出す。それを相月は俯いたままで聞く。
「いい話だと思うぞ、わしは」
「伯父様、良すぎますわ。若年寄のご嫡男とだなんて……。私にはもったいないお話です。お断りになってください」
 相月は首を振りつつ言った。
 観円はそんな相月をジッと見つめる。
「相月、お前はわしの宝だ。妹が残してくれた、大切な宝物だ。お前の幸せをわしは一番に考えている」
 観円がそう言って相月の頬をそっと撫でた。
「伯父様のお気持ちは判っております。判っておりますけど、でも……」
 相月はまた俯いた。
 観円はふうっと息を落とす。
「長信君か」
 困ったような口調で観円はその名を出した。
「相月、あの方は」
 相月が首を振った。
「判っております、判っておりますわ、伯父様、でも……」
 観円はまた溜め息を落とすと立ち上がって、
「相月、お前の気持ちが変わることを願っておる。わしは今から市田様と約束があるからの、出掛けてくる」
 と言った。
 相月が頭を下げて、
「いってらっしゃいませ」
 とその背を見送る。
 観円が出て行ってしばらく相月はそのまま座っていた。そして、やがて立ち上がると身支度を調え寺を出て行った。

 相月が訪れたのは江楽堂である。
 だが、相月は店の前でしばらく躊躇してしまった。そこに出てきたのはおすみで、相月を店の客だと思い、
「いらっしゃいませ」
 と笑顔を向けた。
 相月はその笑みに意を決したように口を開いた。
「あの……」
 おすみが相月を不審気に見る。
「こちらに槇原四郎様がおられるとお聞きしたのですが。呼んでいただけますか。私は相月と申します」
 そう言って相月は頭を下げた。
 おすみはジロジロと相月を見、
「槇原四郎様ですね。確かに旦那はいますけど、あなたはどういった関係の方なのですか」
 と言った。相月は目を伏せて、
「私は湯谷寺の住職の姪です。槇原様は以前、湯谷寺に滞在されたことがありますので」
 と答えた。おすみは値踏みをするように相月を見たが、
「呼んできます」
 とさっさと奥へと向かった。
 そして、離れまで来ると、
「槇原四郎様、槇原四郎様」
 と呼び、四郎が顔を覗けて、
「どうしたんだ、おすみさん」
 と笑いかけるのに、
「旦那、また女のお客様ですよ。今度は相月と名乗ってました」
 と言いつつ、ジロッと見た。
 四郎が驚いたように、
「相月殿が?」
 と目を見張る。
 おすみは出てきた四郎の腕を取り、
「旦那、人情沙汰だけは起こさないでくださいね。居候がネタになるのは、あまり喜べたもんじゃないから」
 と少し睨み付けるように言った。
「私にそんな甲斐性はないよ」
 表へ向かいながら四郎が笑いながら言うのを、おすみが疑わしそうに見送る。
 相月は出てきた四郎に頭を下げた。
「どうしたんだ、相月殿」
 四郎が明るく笑いかけるのに、相月は顔を伏せたまま、
「お話がございますわ。湯谷寺に来ていただけませんか」
 と言った。
 四郎はその深刻そうな顔に頷き、二人は湯谷寺に向かった。


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