桜が散って若葉が目に眩しくなった頃。 江楽堂に四郎を訪ねる人がいた。駕籠を下り店先を見つめて、傍らに控える男に露姫は言った。 「久間、小間物を売っているとは聞いておらぬぞ。すべて余すことなく報告するものだ」 久間は、 「申し訳ございません」 と深く頭を下げた。この男は、市田邦貞から送られた露姫の供であった。露姫は久間のそんな姿を蔑視すると、ちょうど店先に出てきたおすみに声を掛けた。 「これ、娘、槇原四郎殿を呼んで参れ」 おすみはきょとん、と露姫を見る。どう見てもお姫様である。それが何故四郎を? と考えながら、ジロジロと見つめてしまった。そんなおすみに、露姫はキッと睨み付け、 「早く、呼んで来ぬか!」 と苛立たしげに言った。 おすみはムッとしたものの急いで離れへと向かう。四郎の姿は離れの庭にあった。 「旦那」 とおすみは声を掛けた。四郎が振り向いて微笑む。 「どうしたんだ、変な顔をして」 おすみは慌てて顔を探り、 「だって、変な客が……。じゃなくて、旦那にお客です。それもお姫様……だと思います」 とそっぽを向いて言った。 四郎が眉をひそめ、すぐに表へと向かった。 おすみはその後ろ姿を見ながら、 「いったい、旦那って何者?」 と呟いた。 源助からは詮索しないように、と言われていた。おすみ自身も別段聞きたいとは思っていなかった。だが、こんなことが続いたら、気になって来るではないか。 四郎が表に出て行くと、露姫はすでに駕籠の中にいた。 そして、 「お話がございますわ、長信様」 と言って、四郎の返事を聞く前に駕籠を進めさせた。 四郎は困ったな、という顔をしていたが、すぐに駕籠の後ろをついていく。 おすみが離れから戻ってきて、それを見送っていた。 「源助はいるか?」 いきなり後ろから声を掛けられて、おすみはビクッと振り向いた。そこにいたのは、伝十郎であった。 「仕事部屋にいます」 おすみはそう言ってさっさと店の中に入り、伝十郎はふと通りの向こうを見、しばらくして店の中へと入っていった。
|
![]() | ![]() | ![]() |