江楽堂の主人は源助といって、これが早瀬伝十郎と知己であった。 その娘が看板娘のおすみで、あと何人か職人を雇っていた。 江楽堂は瓦版屋だが、店先に小間物も置いてあり、おすみがそこを切り盛りしていた。 秋に伝十郎がふらりとやってきて、居候を一人置かないか、と言い出した。腕もたつので用心棒としても役に立つと言っていたが、別に用心棒が必要だったわけではない。だが、源助は伝十郎の申し出を快く受け、そして、槇原四郎という浪人が居候として離れに住むことになった。 四郎はしばらくは何もしていなかったが、年が明けてから離れに近所の子供たちを呼んで寺子屋のようなことを始めた。それを伝十郎が勧めたと四郎は言っていたが、おすみはそれは四郎が冗談で言ったのだと思った。 おすみは16歳。伝十郎が源助の知己だったので幼い頃から知っていたが、未だに少し恐ろしかった。どうして父親が伝十郎との付き合いがあるのか判らない。 だが、四郎は伝十郎と違って優しげな顔立ちであった。恋とかそんなものではまだなかったが、惹かれるものがあったのも事実であった。 おすみはいつものように店先の小間物の埃を払っていた。 「そこな、お女中」 後ろでそんな声がしたが、おすみは自分が呼ばれたとは思わなかった。だから、いきなりポンポンと肩を叩かれた時に驚いて振り向く。さらにその相手の髭面を見て目を丸くした。 「お女中、槇原四郎殿はご在宅かな」 おすみは自分を指差した。 「え、私のことですか?」 それに、男は豪快に笑った。 「おお、すまぬのう。そのような物言いしか知らぬので。それで、槇原四郎殿はご在宅か?」 「旦那は確か出掛けてましたが……」 とおすみは疑わしげに男を見た。男がまた豪快に笑う。 「そんな目で見るでない。そうじゃ、この髭面が悪いのじゃな。そうか、出掛けられているか。では、この手紙を槇原四郎殿に渡して欲しい」 男はそう言って封書をおすみに渡した。そして、では、とさっさと去っていこうとする男に、おすみは慌てて呼び掛けた。 「あの、お名前は」 男はくるりと振り向いて、 「わしの名は、斉藤堀部」 と言ってさらに付け加えた。 「惚れては駄目だぞ」 そう言って去っていった堀部の背を、おすみは呆気に取られた表情で見つめていた。 「何よ、あれ」 頬を膨らませておすみは店の中に戻る。 「どうしたんだ、おすみさん」 おすみに続いて暖簾を割って入ってきたのは四郎であった。 「あ、旦那、今、お客様がこれを旦那にって」 とおすみは封書を差し出した。四郎は訝しげに受け取って、 「頬を染めて、そんなにいい男だったのか?」 と笑った。おすみは四郎を怒ったように見る。 「嫌な旦那。誰があんな髭面!」 と言うと、おすみはバタバタと奥へと入っていった。仕事場から源助が顔を出して、 「何かあったのかい」 と言った。四郎が笑って首を振ると離れへと向かった。
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