(口が滑った) 伝十郎は苦笑いをしてそう思った。 口に出すつもりはなかった。 ただ、今夜はいつもの自分とは少々勝手が違う、ただ、それだけのことだ。 (果たして、奴は江戸を出るだろうか?) 「さて、ね」 伝十郎は呟く。 そして、後ろを振り返ったが、四郎の姿はもうなかった。 (いったい何故今になって江戸に戻ってきたのだ? 何のために姿を現したのだ?) 興味がないと言いつつ、伝十郎の心にその問いが浮かぶ。 「愚かな奴、か。俺も、奴も……」 (ただ一つ判っていることと言えば、いつか俺が奴に手合わせを望むだろう、ということだ。俺にとって、それしか生き甲斐がないのだから) 伝十郎の顔に自嘲が浮かぶ。 伝十郎にとっても、それは予感であった。 生きるべくして生きていない彼のこれからは、否応なく四郎に関わることになる。 それが、この虚無な男にさらなる翳を落とすことになろうとは、その原因である四郎にも、そして伝十郎自身にも、今は判ろうはずはない。 冷たい風が吹き抜けていく。 下弦の月がようやく中天に至った。
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