系図



 半月後、露姫の輿入れがあった。
 同じ頃、松千代君は尾張近くの小藩に養子に入った。
 そして、槇原四郎はすでに江楽堂に落ち着いていた。




 伝十郎と四郎が出会った年の冬は、いつもより雪の多い年になった。




 江戸中期、やがて荒れ狂う時代の波の予感が、ようやく現れ始めた初冬だった。
 しかし、それらに関わる人々の芽が萌すには、もう少し時代の移り変わりが必要だった。



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