四郎と伝十郎は暫く黙々と歩いていた。 「私を始末したい人というのは……」 四郎はフッと口を噤む。先程までの無表情の顔に、スッと苦悩の色が浮かんだ。 「私には判っていたんだ。私は憎まれて当然なのだから」 「四郎殿、それは」 伝十郎が何か言いかけた。 「父上が私を……いや、父上を兄上から取り上げたのはこの私だからな」 兄が強張った笑顔の下に何を思っていたのか、四郎には痛いほど判った。 たった半月の差で、四郎は弟になったのだ。 器量が似通っていたのなら回りが騒がしくすることはなかっただろう。 幼い頃は互いに何も知らなかった。 兄と弟という関係だけで良かったのに、成長するということは、これほどまでに深い溝を作ってしまうものなのだろうか。 ふと、四郎は目に涙が溢れてきた気がして、慌てて顔を背けた。 「すまない。お主を苦しめるつもりではなかった」 伝十郎は愁色を浮かべて言った。 その事がこの男にとって珍しいことだということを、四郎は今はまだ知らない。 「貴公のせいではない」 四郎はそう呟いて、また黙々と歩き出した。 判っていたのだ、ただ、それを認めたくなかっただけなのだ。 兄を兄として好きだった。だから、兄の前から姿を消した。自分の存在自体が兄を苦しめることに気づいたから。 だが、四郎は江戸に戻ってきてしまった。城に戻る気はさらさらない。だが、江戸に戻ってきたことは確かなのだ。 その理由を兄に告げておくべきだろうか。 四郎は悩み、そして、その理由を誰にも告げなかった。 もしかしたら、そのために別れが早まったのかもしれない。
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