同じ城内にある一室で、この夜更け、二人の男が話していた。 「何、長信が? 戻ってきたのか」 「はい、そのようです」 一人は老人、もう一人は髭面の男。 老人のほうが大御所、つまり四郎の実父であり、髭面の男は斎藤堀部という西之丸御側衆であった。 「そうか、江戸に戻ってきたのか」 大御所は考え深げに呟いた。 「上様はお喜びになられないのですか。あの長信様がお戻りになられたのですよ。これはきっとお継ぎになられるために違いありません」 堀部は勢いづいて言った。 「そうかの?」 大御所はポツリと呟く。 「上様。上様は長信様をお待ちになっていらっしゃったのでしょう? 松千代様を引き取られたのも、長信様によく似ていらっしゃるから身代わりとして。あ、いや、これは口が過ぎました」 堀部は顔を引き締めて頭を下げた。 「お前は、長信がそのために戻ってきたと言うのか?」 「他に何がございます?」 堀部が顔を上げて答えた。 「そうだとしたら……」 堀部はその後の大御所の言葉を待ち続けたが、それを聞くことは叶わなかった。大御所が下がるようにと手を振ったのだ。
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