系図



 翌日、青空の広がる昼下がり、四郎は湊屋へ向かっていた。
(湊屋とは、昨日、羽場家で会ったあの町人だろうか?)
 そう思いながら四郎は湊屋の暖簾を割って入った。
「槇原様、でございますか」
 帳場にいた年輩の男が顔を上げて四郎を見つめ、そう言った。四郎が頷くと、
「番頭の退助でございます。主人から伺っております。沢、槇原様を奥へご案内しなさい」
 と退助は近くにいた女に言った。
 沢と呼ばれた女が四郎のほうを向く。
 年の頃は16、7であろうか。
 沢はニコッと笑って前に立ち、
「こちらへどうぞ」
 と歩き出した。

「お武家様はご浪人さんなのですか」
 沢はふと立ち止まって後ろを向いた。
「どうしてそのような質問をする? 浪人には見えぬか?」
 四郎が少し微笑んで言った。
「いえ、ただ、お武家様はご浪人になるような方にしては品がおありです。きっと身分の高い方、お大名のご子息、或いは」
 そう言って沢はまたニコッと笑った。
 四郎は無言で沢を見返す。
「私はお武家様を困らせているのですね。私を訝っていらっしゃいますか? 無理もございませんね。私がお見かけしたのは、もう6、7年も前のことですもの。以前、私の母が越前守様のお屋敷にお仕えしたことがございました。母が生きておりましたら、またどんなにか喜んだことでしょう」
 沢は今度は少し淋しげに笑った。
 四郎は無言で見つめ続ける。

(名を捨てても、人は忘れませぬぞ)
 平八郎の言葉が脳裏を過ぎった。



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