四郎の姿が見えなくなると、外記は、 「出馬、何か言いたそうじゃな」 と言った。 「殿、これはすべて殿を陥れるための……。殿、これからどうなさるおつもりか」 出馬の口調は詰問するように強いものであった。 「前の命令はまだ続いておるぞ。たとい、そちらの手に余るようでもな」 出馬はそれに無言で応え、そして、立ち去った。 外記は杯を手にしたが口もつけずに膳に戻す。 一人、手酌で飲み続けていた湊屋が口を開いた。 「羽場様、今のお方はどなたでございます?」 外記は湊屋に目をやり、 「知らぬほうが良いこともある。それでなくとも越前らに睨まれておろうに」 と言うと、湊屋は面白そうに笑い、 「そのように曰く付きのお方でございますか? これはもう是非ともお聞きしとうございますな」 と答えた。 「困った奴だな、お前も」 そう笑って言った外記は、すぐに笑いを消すと、 「あの方はな、将軍家の弟君、長信様じゃ」 と言った。 「では、あの6年前に行方知れずになられたという?」 「そうじゃ。……ご立派になられて。だが……」 「は?」 「いや、何でもない」 外記は再び杯を手に取った。 (何故、今、戻ってこられたのか……) 外記は心の中で思って難しい顔で杯を飲み干した。
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