「ところで、羽場外記様をご存知ですかな」 二人の前にはすでに銚子が5、6本転がっていた。 「羽場外記? ……う、ん、父上の小姓をしていた男が確かそんな名前だったような気がするが。確か、そんな名前ではなかったかな?」 四郎は杯を口に持っていった。 「はい、その通りでございます。今は若年寄の要職に就いております」 「ほう、若年寄に?」 四郎は住職をチラッと見た。 「それで?」 「あなた様に刺客を差し向けたのは、或いはあの方かも、と」 重症は四郎を上目遣いに見ながら言った。 「何故だ?」 「いえ、ただ、老中、若年寄の方々の中で、羽場様だけが越前守様から外れておりますので」 「…………」 「あ、ただそれだけのことです。つまらないことを申し上げました。少し気になったものですから」 住職が慌てたような口振りでそう言い、四郎から目を逸らして杯を置いた。 「そうなのか? 私は何も知らぬからな」 四郎はそう言って杯を置くとスッと立ち上がる。 「どこかへお出かけですか?」 住職の訝しげな問いに、四郎は振り返ってニヤッと笑った。 「羽場外記の屋敷だ」 「は?」 住職は驚いた顔をした。 「ちょっと顔をな、忘れたんでね」 そう言って出ていく四郎の背を住職が心配そうに見つめていた。 台所から盆を持って出てきた相月が、四郎の背をジッと見送る。 そして、風はすでに止まっていた。
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