「ごめんくださいませ」 清らかな声がして女が入ってきた。 今夜馴染みの山吹は他の座敷に上がっており、伝十郎は適当に見繕ってくれ、と頼んだところに来たのがこの女であった。 女は伝十郎が初めて見る顔だった。鮮やかなその美貌の中に、冷たく暗い翳がチラリと見えたのを伝十郎は見逃さなかった。 女は酒膳を伝十郎の前に置き、伝十郎が杯を持つと酒を注いだ。 「名は何という」 「千鳥でございます」 女−千鳥は顔を伏せて答えた。 「新顔のようだが、座敷は初めてか? お前、武家の出だな」 「はい」 伝十郎は杯を口元まで持っていったが、そのまま膳に戻す。千鳥が伝十郎を訝しげに見ると、伝十郎は薄笑った。 「初会の客に毒酒を飲ませる風習があるとは聞いたことがないが……。誰に頼まれたのだ、千鳥」 その刹那、千鳥は忍び刀を抜きつけた。それは鋭い突きであったが、伝十郎は苦もなくその利き腕を掴み、グッと力を入れてその手から刀を落とさせた。 「女の口移しならば毒酒でも飲んだものを……」 伝十郎は真顔で言った。 「お前は先程の連中とはどうやら別口らしいな」 「は、離せ、何をする!」 伝十郎の右手が裾から徐々に上がってきたのだ。それに千鳥の頬が朱に染まった。 「殺せ! 辱めを受けるぐらいなら死んだほうがましだ!」 伝十郎の顔に冷たい笑みが浮かぶ。 「死にたければ死ぬがいい。俺は止めはせぬ。俺はここに女を買いに来たのだ。女を買ってすることは一つだろう? 俺の座敷に上がった、ということはそのことを踏まえた上でのことではないのか。辱めとはどういう意味かな」 伝十郎はそう言って千鳥の帯に手を掛けた。 千鳥は伝十郎をギッと睨んだが、スッと体の力を抜く。 「今日は私の負けだ。好きにすればいい。だが、私は死なん。貴様を討つまでは……」 伝十郎は千鳥の顔を見て一瞬考え深げな表情を浮かべたが、すぐにそれを消しニヤッと笑った。 「そいつは楽しみなことだな」 伝十郎の唇が千鳥のそれに重なり、その手がさらに着物の前をはだいた。
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