系図



 さて一方。
 伝十郎は吉原に向かって歩いていた。
 この男には決まったねぐらはなく、女のところに潜り込むのが常で、今夜は吉原の馴染みの一人、山吹のところへいくつもりだった。
 懐手のまますたすたと歩いていた伝十郎は、殺気が襲ってくるのを感じた。
(どうも今日俺が吉原に行くのを知っていたらしい……。それとも、ずっと待っていたのか、この連中)
 伝十郎は心の中で苦笑したが、そのまま歩みを変えずに進んでいった。
(来るな)
 と思ったところに黒装束の男が4人、白刃を抜いて立ちはだかった。
 伝十郎はゆっくりと歩を止める。
「早瀬伝十郎だな、お主」
 相手は威圧を持ってそう言ったつもりだろうが、伝十郎は軽く笑った。
「承知の上でなら聞くだけ野暮だぞ。それと、俺と知って仕掛けるつもりなら、殺気さえ出さず、それも不意にでないと無理だな。ま、お主らの腕ではそう忠告しても無駄なようだが……。クク、しかし、物取りにしては随分と仰々しい恰好だ」
 伝十郎は皮肉った口調で言った。
「お主の命を貰う。抜け、早瀬」
 伝十郎の皮肉に動ずることなく先程の男が言うと同時に、他の男たちは伝十郎を四方から取り囲んだ。
 伝十郎はその様子をただ無表情のままで見、手は依然として懐に入れたままだった。
「早瀬、抜かぬか!」
「全く不粋な奴らだな。吉原への道を血で染める気か? 何故、俺を狙う? まあ、俺を恨む者は多いだろうが、お主らは奴らとは違うようだな。そんなことはどうでもいい。俺は俺の上に掛かる火の粉は払うぞ。遠慮せずに来たらどうだ? 死にたいのならな」
 最後の言葉は殊更からかい気味に言い、伝十郎は手をだらりと垂らした。
 四人の男は刀を八双に構えていたが、まだ向かってこようとはしなかった。
「来ぬか。来ないならば俺から行くぞ」
 と言いざま伝十郎はスッと後ろに下がる。その体に吸い込まれるように後ろの男の刀が動いた。
 男はその伝十郎の動きが誘いだとは思わなかった。
 男の刀が伝十郎の脾腹に刺さった、はずだった。
 男もそれを確信し、負けたとは思わなかったのだ。
 だが、伝十郎は紙一重で袖を縫わせておき、そして気づかぬ間に手にした小柄で相手の喉を突いていた。
 男が幸せだったのは己が破れたことに気づかなかったことだろう。
 男の体が徐々に倒れていった。
 伝十郎は依然刀を抜いていない。
 残りの三人は三方から殺気立って近づいていった。
 油断していたから殺られただけのことだ、と三人は思っていた。
 三人が三人とも腕に自信を持っており、自分たちが一気に攻めれば負けることなどないと思っていた。
 そんな三人の殺気を一身に浴びているのに関わらず、伝十郎は薄笑いを浮かべたままそこでようやく無頼剣をゆっくりと抜いた。
 ダラリと落とした刃先が月の光にキラリと光る。
 と、伝十郎の影が三人の間を駆け抜け、それはまるでスローモーションのように、そして瞬く間に起こったのだ。
 肉を断つ音もしないまま、伝十郎は刀を拭って吉原に向かっていった。
 四人の男が折り重なって倒れている上に、血に染まった懐紙がパラリと舞い落ちた。



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