二人はやがて市田家上屋敷に入っていった。 夕焼けが赤く空を染めている。 砂利道を歩く四郎の目に、白に鮮やかな紅葉が映っていた。 平八郎の長屋に入った二人は向かい合って座る。 と、四郎の右脇に置いた大刀に目を遣った平八郎は、 「それは、無陰刀じゃな。抜いてみていいかの?」 と言った。 四郎は平八郎をジッと見ていたが、やがて無陰刀を平八郎に渡した。平八郎が静かに鞘から抜く。 「ふむ……」 平八郎はそのまま沈黙し、刃に見入っていた。 「実際に見たのは初めてじゃが、そうか、これが無陰刀か。そう……何というか、さすがとしか言えぬな。さすがに…本郷正之殿が命を削って造られた刀じゃ」 平八郎は感嘆として言った。 「本郷……正之!?」 四郎は平八郎を驚いた顔で見つめた。 平八郎が静かに鞘の中に刀を戻しながら、 「そなたの曾祖父にあたる人物じゃな、四郎殿」 と言い、四郎に無陰刀を返した。 「え、あの老人が?」 平八郎が四郎をおや、という顔で見る。 「正之殿に会われたのか? そうか、いや、すばらしい人物じゃった。またあのような方に出会おうとしても難しいであろうな。それほどに希有な人物じゃった」 (あの老人が、私の曾祖父?) 四郎の脳裏に一人の老人の姿が浮かび上がった。
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