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「マスター、クリスマス・カクタスって花、知ってるか」
マスターは男を訝しげに見た。男のグラスに酒を注ぎ足すと、
「花の名前をあなたの口から聞くなんて、思いもよりませんでしたね」
と言った。
「知ってますよ、シャコバサボテンのことでしょう。娘がね、好きだったんですよ」
「娘? マスター、子供がいたのか」
マスターは棚のほうを向いて、磨き終えたグラスを置いた。
「もう、死んでしまいましたけどね。いいえ、死んでいるでしょうけどね」
男にはマスターの背に拒絶という文字が見えて、グラスをあおって酒を飲み干した。誰でも触れて欲しくないことがある。
「またな」
男は言ってグラスの横に何枚かのお札を置くと、くるりと椅子を回して出口に向かった。マスターは背を向けたまま、それを見送った。
バタンと戸が閉まる。マスターの手が震えて棚のグラスが床に落ちて砕け散った。
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