「雪が降るかな」
 男はカウンターの椅子に座りながら言った。
「冷えてきましたからね」
 マスターはグラスに氷を入れると、男のボトルの蓋をキュッと開け、トクトクトクとグラスに注いだ。
「マスターも飲みな」
 マスターは笑って、カウンターの上に飲みかけのグラスを置いた。
「実はもう始めてましてね」
「こんな時間じゃ、もう客も来ねえ、か」
 男がマスターのグラスにカチンと自分のグラスをぶつけて言った。
「そう、あなたぐらいのものですよ。初めていらっしゃった時も、確かこんな時間でしたね」
 そう言ってマスターは表に出て看板の電気を落とした。
「悪いな」
 マスターは首を振って、中に戻った。男の振り向いた目の端に何かが映った。ジッとそれを見つめる。
「クリスマス・カクタス?」
 男の呟きに、マスターはそちらのほうを向いて、その鉢を近くに持ってきた。花が咲いている。
「ああ、すみません。余計なことをしてしまいましたか」
「何が?」
 マスターは何も言わずに、グラスの酒を飲み干した。カウンターに戻した時に、カランと氷が鳴った。
「一年、経ったんですね」
 男が皮肉気に笑った。
「マスター、俺があの女のことを思い出して辛くなるって? そんな陳腐な台詞は、俺には似合わねえぜ」
 そう言って男はクリスマス・カクタスの花を指で弾いた。



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