男はフッと目を覚ました。通りのほうで殺気だった気配を感じた。だが、すぐにまた目を閉じる。自分に対してのことでなければ、せっかくの眠りを途切れさすことはない。眠らなくとも、それほど苦痛ではない。だが、判断力が鈍ることを、これまで何度か経験していた。ほんの少しの油断と勘違いが、自分の生きている世界では、命取りになる。
 男は薄い毛布を引き上げて再び目を開けた。ごろりと転がって、静かに床に下りる。気配がこちらに近づいていることに気づいたのだ。
 バタンと玄関が開く音がした。男は玄関に鍵を閉めたことがない。続いて女の声がした。
「だ、誰かいないの」
 バタバタと近づく複数の足音。女は奥へと入ってきた。後を追う足音も、男の部屋に入ってくる。男は自分の部屋が荒らされるのを好まなかったのだが、出ていけと言って、素直に出ていくような輩ではないことに気づいていた。
 女はいきなり背後に気配を感じて、
「ヒッ」
 と僅かな声を上げた。男は女の口を塞ぐ。
「守ってやる。声を立てるな」
 低く男は言うと、女をベッドの向こう側へと押しやった。男はそのまま暗闇へと溶け込む。複数の足音が、何かが倒れる音がするたびに少なくなり、やがてすべての物音が消えた。女は床に落ちていた毛布を握り締めて、そこに小さくなっていた。
「すんだぞ」
 いきなり女の上に声が降る。女はギョッとして顔を上げた。
「お前を追っていた奴らはいなくなった。さあ、俺は寝たい。毛布を返して、出ていくんだな」
 男が女の側で手を差し出した。女は立ち上がって毛布を握り締めたまま男の胸に飛び込んだ。男は女を冷やかに見つめる。
「俺は毛布を返せと言った。お前は欲しくはない」
「お願い、まだ残っているかもしれないから、お願い、私の側にいて」
 男は女を離すと、ベッドに横になった。
「朝までの間だ。好きにしろ」
 女はホッとした表情になると、男に毛布を掛けると、スルリとドレスを脱いで、その横に入った。そして男に抱きつく。男も上半身は裸で寝ている。男と女の素肌が触れる。
「抱いて、欲しいのか」
 男の言葉に、女は黙ってきつくすがりついた。



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