「煙に酔っちゃったんでしょうね、あ、そんなことないか。とにかく、ごめんなさい、ご迷惑をかけて。桂が起きたら、よーく謝らせますので」
 フッと目覚めて最初に聞こえたのがその言葉だった。
「沙月?」
 声を掛けると、
「ああ、やっとお目覚め、お姫様?」
 と茶化したように沙月が言った。
「私……どうしたの?」
 ガバッと起き上がって桂はきょろきょろと辺りを見回した。
「桂、ちゃんと謝ってよ。いきなりお店の中で倒れたんだから。煙、きつかったのかな?」
 沙月にそう言われて、今日は沙月に連れられてお香のお店に来たことを思い出した。
「倒れたって、えー、ごめんなさい。私、ご迷惑をおかけしたんですね。倒れた時、何か壊したりしませんでした?」
 沙月の隣でニコニコと桂を見つめている中年の男性に慌てて頭を下げた。たぶん、この人がこの店の主人だろうと思ったのだ。
「大丈夫ですよ、商売物は全く大丈夫でした。ただ……」
 と主人は口を閉ざした。桂は慌てて、
「きちんと弁償しますから、何でも言ってください」
 と言う。顔をしかめていた主人と、隣で表情を消していた沙月が、顔を見合わせて笑った。きょとん、と桂が二人を見る。
「その彼が、あなたを支えてくれたんですよ。お知り合いなのでしょう、倒れる前に喋っていたから」
「そうそう。桂ったら、いつの間にそんな人を作ったのよ。この店に連れてきたのは、私なのに、どうして会ったのかは判らないけどさ。まあ、同じ高校だけどね」
 沙月がちょっと拗ねて言った。そして主人の袖を引っ張って、店のほうへと出ていった。
 桂は隣で今、目覚めたばかりらしい人を見る。相手も桂を見つめていた。桂よりも少し年上の少年。
「何故か」
 と少年が口を開いた。桂はその声をどこかで聞いたことがあるような気がした。
「何故か?」
 と桂が先を促した。少年もその声をどこかで聞いたことがあるような気がした。
「出会ったことが不思議じゃないと」
「出会うことが必然だと」
 意識しないのに、二人の口から言葉が紡がれる。
「私は桐生桂、あなたは?」
 少年は桂をジッと見て、そして手を差し出した。桂の差し出す右手をギュッと握ると、
「僕は深草柚木」
 と笑った。


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