手の中で何かがさらさらと崩れる感触を受けて、桂はハッとした。確かお香を手に取って、それに火をつけてもらって、それから? ぼんやりと考えていた桂は、棚の向こう側に誰か立っているのに気づいた。ふと顔を上げる。そして目を合わせた。
「月影に」
 と桂の口から言葉が零れる。
「月影に」
 とその人の口からも同じ言葉が零れる。
 そして、声を揃えた。
「月影に仄かに匂う百檀と陰に映りしその影の陰」
「やっと会えたのですね」
 と桂の口から零れる。
「ええ、会えました」
 とその人の口から零れる。
「月影」
 と声を揃えた。
「ありがとう」
 その言葉に応えるように、桂の手の中で崩れ落ちたはずのお香がゆらゆらと揺れる。桂より少し若いぐらいの手の上に乗りそうに小さな少女が、二人に向かってにっこりと笑った。
「約束を守れましたわ」
 そう言って少女は嬉しそうに笑った。
「桂、どーしたの。気分でも悪いの?」
 遠くで誰かが呼んでいた。


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