高等部学生会室の窓から、カフェテリアがよく見える。遙が今日はバイトの日だ。テーブルの一つに倭が座っている。崇が弓道場のほうへ向かいながら、倭に手を振った。倭がそれに手を振り返していた。朝霞はそれを見つめていた。麻績が書類に目を通していたが、ふと顔を上げる。そして、朝霞の隣に行った。
「あいかわらずの風景……」
 朝霞が呟く。だが、一人だけ足りない。倭の側に必ずいた彼の姿が。
「彼女を見ていると、彼がいたことのほうが夢のような気がします」
 麻績が哀しげに言った。彼らの視線の先には、それが当たり前のように倭が一人でいた。だが、彼らの記憶の中ではそれは違った。ただ、倭だけがそれを覚えていないのだ。隣に朝熊がいたということを。彼が最初からいないものと、倭の中ではそうなっていたのだ。その倭にとっての当たり前さが、麻績たちにも当たり前になっていくようであった。すべては、夢だったのではないか。
「そうだな。でも、夢じゃない。克雅様がどこにもいない」
 朝霞が呟いた。麻績が視線を落とす。彼らの脳裏に、あの時のことが嫌でも浮かんでくる。今でもはっきりと。それは忘れようはずがない光景であった。そして、忘れてはならないのだ。たぶん、自分たちだけでも。朝熊という男がいたことも、あの時起こったすべてのことを。彼女が覚えていないからこそ。


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