◆ エピローグ ◆
「いってきまーす」
明るく笑って、ポニーテールの髪を揺らして、彼女は送ってくれている人に手を振った。陬生学園の制服が揺れる。京は、
「いってらっしゃい、気をつけるのよ、倭」
と言って送りだした。その後ろを、
「いってきます」
と男の子が走り抜ける。
「崇、倭をよろしくね」
京が彼に向かって言う。彼は振り向いて、
「判っているよ」
と言って彼女を追いかけた。これが今の彼らの日常であった。幸せな家族の形。そこに彼らがいた。
「小母様」
と京を呼んだのは、
「朝霞くん」
朝霞であった。
「すべて、小母様のお陰です。彼女があれほど明るくなったのは。それに、彼女を引き取ってもらえて。彼女の記憶が戻ることは絶対ないでしょう。だから、彼女を元の世界に戻すことも出来なかったのです。私に両親がいれば、私のところに引き取れたのですが。小母様には、本当に感謝しています。崇を危ない目に合わせてしまったのに」
「朝霞くん、もうその話は止しましょう。亮介さんには何にも喋っていませんわ。彼は何も知らないから。倭の記憶が戻っても戻らなくても、今ではあの子は私の娘です。崇と同じように大事な、私の子供たち。だから、朝霞くん、もう、心配しなくてもいいのよ」
朝霞が京をジッと見つめる。そしてためらいがちに、
「でも、まさか、小母様が僕たちの話を信じてくれるとは思いませんでした」
と言った。京はにっこりと笑った。
「朝霞くん、人はね、必ず会わなければならない人には自然と会うものなのよ。あなた方、戸隠、伊勢、出雲の人たちに、私は会うべくして会ったの。私の布城家も遙さんの柚木野家も、元をたどれば高千穂の出身。そのこともたぶん、あなた方のことをすぐに理解出来た理由でもあると思うけど……。私が倭を引き取ることが出来たのも、きっと私が彼女に会いたかったからなのよ」
京はそう言って、朝霞の肩を叩いた。
「それより、今日から新学期でしょう。高等部学生会会長の朝霞くんが、遅刻してはいけませんよ」
京の指先が朝霞の額を小突いた。朝霞が笑う。やっと、笑う。京は朝霞に笑いが戻ってきたことにホッとした。夏休みの途中で崇が戻ってきて、その時に朝霞と倭が一緒だった。それから今日まで、朝霞は笑うことがなかったのだ。
「いってらっしゃい、朝霞くん」
京が言う。
「小母様、今日までご迷惑をおかけしました。今日から家に戻ります」
朝霞はそう言って、深く頭を下げた。京がそれをジッと見つめる。では、と言って、朝霞は出ていった。
「朝霞くん、いつでも寄ってね。あなたは私のもう一人の息子のようなものだから」
京がその背に投げ掛ける。朝霞が振り向いてお辞儀をして、それからもう振り向かなかった。
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