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双海がクックックッと笑い出した。その声にさえ艶やかさが含まれる。双海はみんなの視線を独り占めにして、さらに艶やかに微笑んだ。 「見事に私たちは操られていた、ということですね。物部様、あなたが魚梁瀬と最初の計画を建てた時に、私が微妙なズレを感じたのは、私の勘が違和感を感じたからなのですね。物部様と魚梁瀬がお二人で同時に思いつかれたこと自体が、そもそも疑うべきことでしたのに……。私としたことが、やはり長年の夢が叶う、ということで、冷静さを欠いたのでしょうか」 双海の目が朝熊に向く。 「私があなたに既視感を感じたのも、私の勘が正しかったのですね。奈半利の血を引く朝熊。そして、奈半利の器たる朝熊」 朝熊が双海を見つめて、口を動かしかけた。その腕をギュッと掴む痛さに、朝熊の視線がそちらを向く。 「倭……」 倭が真摯な顔つきで朝熊を見上げる。 「朝熊、そんな顔をしないでくれ。私がお前に奈半利の血が流れているからといって、それでお前を見限るだろう、なんてことを思っているんじゃないだろうな。あいにくと、私は先祖の血なんてどうでもいいんだ。私に安芸様の血が流れていることとか、王族の血が流れていることとか、そんなことどうでもいいと思っていたこと、お前は知らなかったよね。でも、今だから言うよ。私は朝熊が私の守り人だからこそ、今までずっとやってこれたんだぞ。お前に奈半利の血が流れていようが、お前が奈半利の器だろうが、そんなことはどうでもいいんだ。朝熊、私がお前のことをどれだけ信頼しているか知っているだろう。お前の言うことなら本当に何でも聞くぞ。だから、そんな顔をしないでくれ。私の信頼は彼らの話ぐらいで揺るぎはしない。朝熊が側にいてくれるだけで、私は他には何もいらない。それは、絶対に譲れない。私にとって、伊勢の王国よりも、お前のほうが大切なんだ。本当だぞ」 倭は必死の思いでそれを言っていた。今言わなければ、きっと後悔する、そんな風に思ったのだ。朝熊がその倭にだけ向けられる笑顔を浮かべる。倭はその温かさにホッとした。 「倭、私はお前が私を信頼するのを止めても、私はお前の守り人だ。安芸様から頼まれたからではない。それが私の生き甲斐なんだ。お前をどんな形でも守っていくよ」 朝熊はそう言ってまた笑う。倭はその笑顔に応えて、自身も笑顔を浮かべた。 「私がお前を信じなくなることなんてあり得ないさ。だって、朝熊は私の信頼に絶対に応えてくれるだろ」 倭の言葉に、朝熊は頷いた。 「そこまで人を信じられるなんて、私にはとても信じられませんね。人は誰でも自分自身が一番大切なのです。それなのに、あなたはその男を何をおいても信頼出来ると言えるのですか」 双海の言葉に、倭は双海を悲哀を込めた眼差しで見つめた。その感情に双海は表情を動かしかける。決して艶やかな微笑みを崩すことのない双海が、それを破ろうとしていた。だが、何者もそれを見ることは出来なかった。 「一流の脚本家だと思っていましたよ、自分のことを。過大評価でなく、謙遜でもなく。それを、他人の復讐のためにおじゃんにされるのは、私の好みではありませんね。ですから朝熊、もう一度、私と戦ってください。私はあなたとの勝負に決着をつけたいのです。奈半利の常套手段の、あなた方の言う卑怯な手段はもう取りませんから」 そう言って、双海は微笑む。その美しさにホッと吐息を落とさない者はいなかった。 「朝熊……」 倭が止めようとしたが、朝熊に首を振られた。 「倭、私は負けはしない。そうだな」 倭は頷いた。そう、朝熊が負けるはずはないではないか。それを、倭は確信していた。 「これは、私と双海との勝負だ。誰も邪魔をしないでくれ」 朝熊が回りを見渡す。誰も口を挟まなかった。 ふわっと朝熊の体から、紫紺の《気》が立ちのぼる。それは朝熊と双海を包んで結界を作った。 「前の時も不思議に感じていたのですが、朝熊、何故結界を張る必要があるのです? それだけ《力》を消耗するというのに」 朝熊は何も答えない。双海も答を期待していたわけではない。 「奈半利は今日で消滅する。奈半利の一族も、奈半利自身も」 ニッと笑って、双海が前髪を掻き上げた。 「あなたが奈半利の器なのに、奈半利が消滅するのですか。それは、無理だと思いますけど」 朝熊もニッと笑った。 「双海、私が奈半利の器だからこそ、今日ですべてが終わるんだ」 朝熊の言葉に双海が僅かに表情を変える。 「遊んでいる暇はない。双海、一瞬ですませよう。苦しみなど感じないように」 朝熊の右手が彼の勾玉に触れた。勾玉の透明度が増していく。 「朝熊、一つだけ、聞いておきたいのですが」 双海の視線の先に倭がいた。 「奈半利の器であるあなたを、誰が消滅させることが出来ると言うのです。いえ、いるとしても、彼女にそれが可能だと思っているのですか」 朝熊の勾玉から眩しい光が射し始めた。 「双海、私は可能だと思っている。そうでなければならないのだ」 朝熊の言葉は半ばまでしか双海に届かなかった。双海は勝負をしたかったわけではない。なのに、こうして勝負を申し出たのは、それがどんなに僅かな時間でも、二人だけで話をしたかっただけなのかもしれない。きっと、朝熊は二人だけの結界を張るだろうから。 「それでは、あまりにも哀し過ぎます」 双海の呟きも、朝熊には届かなかった。双海が決して吐くはずのない、そんな言葉を。
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