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パンッと三人の耳に何かの音がした。きょとん、と三人がお互いを見る。ここに他の音など聞こえてはならないはずだ。 「黙って聞いていれば、ずいぶんな言い方だな」 三人はギョッと回りを見渡した。ここには、我らしか存在出来ぬ場所。天神しか。だが、人影は確かにあった。 「ここは我らしか存在出来ないはずです。何故、そこに存在しているのです、朝熊」 「残念でした。朝熊だけじゃないよ。俺だっているぜ」 天神の三人は、自分の目を疑った。目の前に現れたのは、確かに朝熊や頓原。そして、他の者たちも。遙が崇に触れた途端に止まったはずの時間は、どこかに消え去っていた。いや、最初から存在していなかったのかもしれない。奈半利が白いローブをひるがえして立ち上がった。 「天照大神、天手力雄尊、もはや、時間がない。すべてを無に帰すのです」 つられるように天照大神、天手力雄尊が立ち上がる。 「それは間違っている」 朝熊が叫んだ。みんなの視線が朝熊に集まる。 「騙されているんだ、そいつに」 朝熊が指さしたのは、奈半利であった。奈半利は笑った。 「馬鹿なことを。こんな人間の戯れ言を信じるのか」 奈半利は二人の天神に笑いかけた。天照大神も天手力雄尊も朝熊を見て笑った。人間ふぜいに我ら神々の考えなど判るはずはないのだ。 「奈半利が自分で言っていただろう。私の中に存在していた、と。それはつまり、私と奈半利が意識を共有していた、ということなのだ」 「戯れ言だ。私はお前の意識を感じることが出来たが、お前に天神である私の意識が共有出来たはずはない」 「我が神天照大神、そして、戸隠の神天手力雄尊、あなた方は忘れさせられているのですよ。ここに存在している天神は、二人しかいないことを。それを」 と言いかけて、朝熊は喉を押さえた。いきなり息苦しくなったのだ。今まで呆然と見ていた倭が、朝熊に駆け寄る。 「朝熊、しっかりしろ。お前、神か何か知らないが、本当のことを言い当てられたからと言って、朝熊を苦しめるのは許さないぞ。朝熊は嘘をつかない。私は朝熊を信頼しているから、だから」 と倭は奈半利から天照大神に視線を移した。 「我が神、天照大神、私は伊勢の倭。朝熊を信じてください」 天照大神の瞳が微妙に揺れる。天手力雄尊のそれも。何かを思い出そうとするように。不意に朝熊の息苦しさがなくなった。奈半利の顔色が悪い。それを見て、朝熊はふとある考えが浮かんだ。 「朝熊の言うことは本当だ」 新たな声が発せられた。きょろきょろとみんなが回りを見渡した。頓原が一歩足を踏み出していた。そして、頓原はそのままで、彼自身が二つになったように、頓原から人が出てくる。頓原は自分の体を見つめて、きょとん、としている。頓原から出てきた人は、頓原を振り返って、 「長い間守ってくれてありがとう」 と頭を下げた。頓原がつられて、 「どういたしまして」 と言った。 「お久しぶりでございます。天照大神、天手力雄尊」 彼はくるりと彼らのほうを向くとそう言った。二人は目を瞬かせた。 「大国主尊?」 彼は頷いた。 「朝熊の言ったことはすべて真実です。ここにいる天神は、あなた方二人だけ」 「では、奈半利は?」 「まだ、思い出していないのですね。男神の天照大神がいたのは事実です。と言うより、最初天照大神は男神でした。そして、彼は確かに男神の天照大神。ですが、彼は天神の座を剥奪され、この地上をさまよっているのです」 剥奪、と言う言葉に、天照大神と天手力雄尊はぴくりと反応した。そうだ、そうではなかったか。天照大神は思った。 (私が生まれたのは、男神の天照大神の良心から。ほんの僅かだけ存在していた良心から、私が生まれ、天照大神の名が私のものになったのでした) 天照大神はそれを思い出した。 「そうでした。出雲に《力》を与えたのは、男神の天照大神」 天照大神と天手力雄尊はそれも思い出した。 「そうです。私が出雲の王祖を可愛がっていたのをいいことに、私が彼に《力》を与えたとみせかけて、私を神々の座から追い出そうとしたのです。どうにか私は神の座から下ろされずにすみましたが。そして出雲を監視する、という理由で、伊勢と戸隠に《力》を与えたのも、彼。そして彼の一番の罪は、神々の記憶を操作したことです。彼が天神の座を剥奪されたのは、伊勢と戸隠に《力》を与えた後。その直後に、彼はそれを行ったのです。天神、国神すべての記憶を操作することを。そして、その時にあなたが生まれたのですよ、女神の天照大神。彼に存在したとは信じられない良心から。彼はそれを知っていたのです。だが、あなたを始末することが出来なかった。何故なら、その時の彼にはもはやその《力》が残っていなかったからです。彼は、ずっと待っていたのですよ。《力》を溜めて、名前を取った天照大神を始末し、再び、自分が天照大神として返り咲くことを」 大国主尊はそう言って、ほうっと長い溜め息をついた。 「大国主尊、よくそれが判ったな」 奈半利は否定しなかった。 「天神と我ら国神の違いに気づかなかったあなたの負けです。記憶操作は完全ではなかったのです。ずっと私も待ち続けていたのですよ。出雲は奈半利を始末するチャンスを」 大国主尊は疲れたような口調で言った。その姿が徐々に薄れていく。 「大国主尊?」 天照大神が驚いて叫んだ。 「天照大神、天神にしか《力》がありません。国神にはほんの少しの《力》もないのです。だから、私が《力》を与えられたはずはありません。そして、この空間には私は長くは存在出来ないのです。あなた方、天神でないかぎり。私の器は、彼。彼が私を守ってくれていたお陰で、私はこの場に現れることが出来ました。彼が私を否定し、そしてその状態で彼が死んだら、私は器を失い、ただの精神体としてしか存在出来なくなり、やがて完全に消滅するでしょう」 大国主尊は頓原に近づくと、 「どうしますか」 と尋ねた。頓原は手を差し出した。大国主尊がその手を取る。すうっと頓原に吸い込まれるように、大国主尊の姿が消えた。不思議な気持ちでみんながそれを見ていた。
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