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ピリピリしている朝霞たちとは裏腹に、遙はしごくご満悦であった。
(何も起こらないじゃない)
遙は横目で麻績をジロッと睨んだ。
「どうもありがとうございました」
白髪の校長先生が頭を下げる。1時間の予定が2時間になり、子供たちを教室に戻した後、先生がお礼を言いにきたのだ。
「いいえ、私も楽しかったですわ、先生。ぜひ、あの子供たちの中から、次代のフルート奏者が出て欲しいですね」
遙が明るく笑った。しばしの雑談の後、遙たちは体育館から出る。カッとした日差しが照りつける校庭に出て、遙が、
「暑いわね」
と言った。
「気をつけろ。みんな結界の中にいる」
その忠告を言ったのは頓原であった。近くに克雅たちもいる。後は、奈半利と伊勢が現れると、すべてが一同に会すのだ。
「お待たせしました」
冷淡な声を伴って彼らは現れた。双海に腕を取られた倭。物部に腕を取られた崇。そして、その間に朝熊。これですべて、であった。そして、これから先のシナリオを双海は悩んでいた。先に崇を目覚めさせるか、朝熊に仲間を始末させるか。
「朝熊」
幾人もの声が、一人の男を呼んだ。呼ばれた相手は、無表情に前を見ているだけであった。呼んだ相手もとりあえず今のところの状況は判断出来た。倭が人質になり、朝熊は奈半利を選んだのだ。
「朝熊、やってもらいましょうか」
双海が冷たく言い放つ。崇を目覚めさせるより前に、やはり、始末するほうがいいのではないか、と思ったからだ。
「倭を離せ」
朝熊は双海を見た。双海が妖艶に笑う。
「そうですね、その約束でしたね。でも、お互いに信じていたわけではないでしょう。だから、この手は離しませんよ。その代わり、物部様、やはり、布城崇を先に目覚めさせるべきだと思いますが」
双海は物部を見て言った。物部もそのほうが良かった。いったい、崇の《力》とはどんなものか、それを早く知りたかった。どうやら、会うだけでは崇に変化がない。
「柚木野遙、こちらへ」
物部が遙を呼ぶ。慌てて朝霞と麻績が遙の腕を取った。
「危害を加える気はない。布城崇に触れて欲しいだけだ」
遙は近づく。物部の手を離れた崇も近づく。それは誰にも止められなかった。遙の指先が崇の額に触れる。ピシッとみんなの耳の奥で何かが割れた。
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