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双海は電車の中であった。線路を爆破させた反動で電車に乗り移り、そこでやっと、朝熊の槍を消した。血みどろの双海を、乗客たちは気づかなかった。双海が自分を包むように結界を作っていたからだ。双海の《力》は、出血とともに抜け出ている。それを早く抑えなければならなかった。双海にはもう飛ぶ《力》はない。だから、電車が終点に着くまで何も出来なかった。
「朝熊……が、何故同じ技を使うのか」
双海にとって、それのほうが自分の怪我よりも重要であった。双海たちにとって、いや、伊勢や出雲や戸隠のそれぞれにとって、生まれつき《力》を持っている者は、誰に教えられることなく、自然にその《力》を使いこなすようになる。言わば、自分だけの技を持っているということだ。同じ技を使う人が他にいるということはあり得る。いくらバラエティに富んでいるとはいえ、理屈は一緒だからだ。そう考えると、朝熊が双海と同じ技を使ったとしても、単なる偶然、と考えればよい。だが、双海にはそうは思えなかった。
「紫紺の《気》か」
双海は呟いて、朝熊を思い浮かべた。一瞬何も反応出来なくて肩を負傷したのは、自分のミスであった。自分の朝熊に対する感情が、自分でも何なのか判らなかったから、ついそれだけに気持ちがいってしまった。だが、もう二度とその手には乗らない。
双海がどうにか奈半利に帰り着いた時、崇を乗せた車が到着したところであった。室戸が運転席から下り、八坂、八浜が崇を挟むようにして出てきた。それに気づいて、双海が声を掛ける。
「室戸」
室戸がハッとして双海に駆け寄った。
「八坂、八浜。物部様がお待ちです。すぐに行きなさい」
二人が立ち止まってこちらを見ていることに気づいて、双海は言った。二人は慌てて崇を連れて物部の元へと向かった。
「油断なさいましたね、双海」
室戸は双海に丁寧な口をきいた。双海のほうが年下だが、《力》は双海のほうが大きい。だから、室戸は双海より目下になるのだ。
「それに対しては、何も言い訳が出来ませんね」
そう言って双海は笑った。ぼうっとした光が、室戸の手のひらに宿った。灰桜の光が双海の肩を覆う。出雲特有の癒しの《力》、それを室戸は持っていた。それが奈半利に現れることは不思議ではないのだ。奈半利の多くが、出雲からの離反者で占められているのだから。出雲と違うのは、癒しの《力》を持っている者が、攻撃能力も備えているというところであった。出雲はそうではない。癒しの《力》を持っていれば、攻撃能力は現れない。そこが大きな違いであった。
「これで、紫紺の《気》は抜けました。しかし、出血が少し多かったようです。今日はもう休まれたほうがよろしいかと思いますが」
「出来ればそうしたいですね。相手も同じ態でしょうから」
双海はそう言ったが、出来れば早く決着をつけたかった。
「無理ですよ、双海。その体では《力》は使えません」
室戸は双海の体を支えて言った。確かに、双海はどうにか歩ける程度なのだ。
「双海にこれほどの傷を負わせるとは、相手はかなりの手練だったのですね」
室戸が双海の部屋に彼を運びながらそう言った。
「伊勢の朝熊ですよ。魚梁瀬を始末した……」
低く双海は呟いた。室戸がそんな双海を少しの間見つめて、
「そうですか」
と短く呟いた。
「室戸、助かりました」
そう言って双海は室戸から離れた。
「今日は引き分けでしたが、次は私が朝熊を倒します。朝熊は私の獲物です。室戸、邪魔をしないでくださいね」
冗談とも聞こえる口調で双海は言うと、くるりと背を向けて部屋のドアを閉めた。室戸は閉まったドアを見つめて、口の中で何やら呟いた。そして、すぐにそこを立ち去った。
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