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小倉を14時3分に発車したにちりん29号は、延岡に17時45分に到着する予定であった。双海の目の前に浮かんでいる深緋の球体の中では、朝熊と倭がときおり何か喋っているのが見える。双海は指先を頬で滑らせた。
「伊勢の倭と朝熊、か」
双海はその内の一人を凝視していた。何故か気になる。何か引っ掛かった。だが、それだけであった。それ以上何も浮かんでこなかった。
「さて、では、お迎えに上がりましょうか」
艶めかしい笑顔を浮かべて、双海は立ち上がった。高千穂を17時54分に発車する電車に双海は乗るつもりであった。それに乗ると、朝熊たちの乗るはずの、延岡発18時21分の電車に川水流で乗り込めるはずであった。その電車が高千穂に到着するのは、19時44分。それだけあれば、時間は充分であった。双海は自分が敗北することの場合を考えていなかった。相手が勝つことなど。そんなことより、双海は気になる相手に会いたかった。どうして気になるのか判らないが、その相手、朝熊に。
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