|
「失礼した。最初から近づいたのがあなたということが判っていたら、結界など解いておいたのだが」 克雅とは親子というより、祖父と孫、という感じのその人物は、克雅と対等な口をきいた。克雅もそれを当たり前と判断しているのか、 「いや、こちらこそ、声を掛ければよかったのだろうな」 と言う。神室は呆気に取られてみんなを見つめていた。脳裏の片隅で、道行きが二人増えるのは、こいつらのことか、と思っていた。 「初めまして、と言うべきなのだろうか、こういう時は」 「確かに表面上はそれが正しいのではないか。実際に会うのは始めてではないかな」 克雅が相手の意見を補足してそう言った。相手はふむ、と言って口を開いた。 「それでは、初めまして、戸隠の王。私は出雲の王、宍道。これは私の影、三刀屋だ」 神室はあまりの驚きに声も出なかった。このようなところで、出雲の王に出会うのか。 「こちらこそ、初めまして、出雲の王。わしは戸隠の名ばかりの王、克雅。これは運転手の神室じゃ」 克雅はそう言ってグフフと笑った。 「いいの、若いの、出雲の王は」 「まだ王の座を継いだばかりの若輩者だ。戸隠の王から見れば、赤子のようなものだろう。父から譲り受けたばかりなのでね」 克雅はまた笑う。 「謙遜など似合わぬぞ。木次殿のご存命の折から、出雲を守ってきたのはお主であると知っている。それもかなりのやり手であることも。その上、かなりの無茶をする」 宍道は僅かに照れたように笑った。 「飛んできたか。確かに、ここは奈半利の中ではないとはいえ、近過ぎてかなりの影響が出ていたはず。それを承知でやるとは、やはり、これは若さ故かな。ふー、羨ましい」 克雅の最後の言葉は、本音のようであった。宍道は顔を引き締めた。 「確かにそうだったが、時間的ロスを考えると、こうするしかしかたなかった。それに、条件に合い、奈半利に近いのはここしかなかったしな。戸隠の王には判っていると思うが、もうここは清浄の地だ。神社の後方に山と滝を控えたここは、奈半利の目にはつかぬ。私がここを選んだのはそのためだ」 克雅がジロリと宍道を見た。 「だが、そのために自分の《力》を削ることは、マイナスではないのか、出雲の王」 宍道は一瞬言葉に詰まったが、すぐに口を開く。 「一番最初から傍観者を決め込んでいたはずなのに、前線に出てきてるほうが私には判らないな、戸隠の王?」 そう言って宍道はニッと笑った。傍らに控える三刀屋も神室も二人のやりとりをただ黙って聞いているだけであった。 「ふむ、それを言われると辛いな。だが、わしは来なければならなかったのだ」 「ま、それは私も同じこと。すべてを終えるために。お互いの理由は違えど、奈半利を消滅させたいという目標は、一緒、ということだな」 「そうだな、理由はどうあれ。だからこそ、わしはここに寄ったのだ。出雲の王、五真将たちに知らせる術を持っているな」 宍道は頷く。 「では、知らせてくれ。柚木野遙も高千穂に向かっている。朝霞と麻績が一緒にな。火曜日には確実に高千穂に入ることになる、と」 宍道が歯をギリッと鳴らした。 「つまり、あなたの手の者たちは、彼女を東京に止めておくことを失敗した、と言うことだな」 宍道はまだ何か言いたそうにしていたが、ガッと土を蹴った。そして、右手を振って刈安の球体を出した。三刀屋がその様子を見て、心配そうな顔になる。今は手を繋いでいるが、それは一時のことではないか。今まで三つの一族は、お互いに干渉せず、されず、過ごしてきていたのだ。これから先、また干渉されることがあるかもしれないが、友好的にとは限らないのだ。そんな相手に、自分の手の内をやすやすと見せてもいいのだろうか。三刀屋の心配はそのことであった。宍道はその心のうちが見えたように、チラリと三刀屋を見る。三刀屋はその瞳と目を合わせて、自分の考えが排他的過ぎることに気づいた。僅かに頭を下げ、三刀屋は宍道の行動を見つめていた。 「仁多」 宍道は一番呼びたい名前を抑えて、五真将のリーダーを呼んだ。少しして、仁多が刈安の球体の中に浮かび上がる。すぐに返事がないのは、人目につかないところに移動しなければならないからだ。その球体が、普通の人間に見えないとはいえ、宙に向かって喋っているのは、あまりにも不自然だ。 「宍道様、お呼びですか」 仁多の後ろに後の四人も揃っていた。宍道はそれを見渡して、 「柚木野遙が高千穂に向かっている。戸隠たちも一緒だが、遅くとも火曜日には高千穂に入るはずだ」 「え?」 仁多が驚愕でポカンと口を開けたままであった。それを押し退けるように、頓原が出てきた。 「宍道、それは本当か。朝霞たちが失敗した、ということなのか」 「止められなかった、ということでは、失敗した、と言えるな」 克雅が宍道の隣に近づいて言った。頓原が眉をひそめて彼を見た。 「誰だ?」 頓原が不審をあらわにして問うた。 「戸隠の王」 克雅が短く答えた。頓原が目を細めた。だが、何も言わなかった。宍道が再び口を開く。 「頓原、私は行縢神社にいる。ここには私の結界を張っておいた。何かあったら、ここを中継所にしたらいい。これから、私は戸隠の王と共に、奈半利に向かう」 「何。宍道、お前何を考えてる。出雲の守りはどうなってるんだ。出雲の王はお前なんだぞ」 頓原が激昂して叫んだ。宍道はニッと笑った。 「頓原、私がそんなに愚かに見えるか」 宍道がゆっくりと静かに言う。それに頓原はいきなり落ち着いた。だがすぐにその目をギッと克雅に向ける。 「おい、じーさん、朝霞たちには連絡を取れるのか」 そのあまりのものの言いようが気に障ったのは、神室であった。仮にもそう、名ばかりとはいえ、戸隠の王である。それが、王同士ならばいい。相手はただの臣下ではないか。だが、言われた相手は全く気にしていないようであった。 「あいつらが、牟礼の車に乗っているかぎりはな」 「そうか」 頓原は一瞬考え込んで、すぐに伏せていた顔を上げた。 「俺もお互い様で、お前たちのことは気に食わないけどな、だが、信頼するに足る奴だと少しだけ思っているぞってな、じーさん、絶対に伝えておけよ」 そう言い捨てると、頓原はさっさと球体の中から消え失せた。刈安の球体の中では、仁多が呆然とした顔で立ち尽くしていた。宍道は刈安の球体を消した。その口元に苦笑を浮かべている。 「戸隠の王、あれも悪い奴ではないんだが」 いやいや、と克雅は首を振った。その頬に笑いを浮かべている。克雅は頓原を一目見て気に入ってしまったのであった。 「朝霞たちに伝えなければならないな。神室、いつまでそんな顔をしている」 不意に、自分に注意が向いたことで、神室はかなり不機嫌な顔を続けていたことに気づいた。 「ですが、克雅様」 と言いかけるのに、克雅は首を振って止めた。そしてズボンのポケットから何か取り出した。宍道がふと目を向けると、克雅は笑って言った。 「わしには、人間通信機がないもんでな」 克雅は取り出した携帯電話のボタンを押した。すぐに相手が出たらしく話し始めた。 「牟礼、朝霞に代わってくれ」 克雅の電話は二、三分で終わった。 「やはり、火曜日ぎりぎりに到着する予定らしいな。さて、出雲の王、行くか」 宍道は頷いて、克雅の後ろを歩き始めた。三刀屋はその後ろを。神室はかなり遅れて三人を追った。
|
![]() | ![]() | ![]() |