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八坂、八浜、室戸に連れられた崇は、三人が交代で運転する車で、奈半利に向かっていた。とりあえず、意識は元に戻ってはっきりしている。はっきりしてはいるのだが、肉体的な拘束は相変わらず解かれていない。三人は崇に対しては、必要なこと以外は喋らなかった。
崇にしてみれば、頭の中でこの状況から抜け出す手だてを考えようと思うことしか出来なかった。しかし、それは思うだけであって、それ以上の成果は当てに出来そうにない。誰かに救出されないかぎり、おそらく自分は二度と東京へ戻れないのではないか、とさえ思っていた。誰に? 崇の脳裏に、ふっと倭の顔が浮かんだ。自分より弓道の腕前が優れている彼女に、崇は彼女が自分が苦手な美少女だということを忘れていた。彼女を異性として認識出来なくなったのだ。それ以来、何度か話した程度だったが、崇にとって倭は、ともに戦うべき戦士というような感覚で接していた。それが何故そう感じるようになったのか、それは判らない。倭の顔が脳裏から消えて、朝霞のへらへらした笑い顔がそれに代わった。崇は心の中で苦笑する。
(なんでお前の顔が浮かんでくるのかな、朝霞。お前が僕を助けにきてくれるなんて、思っているわけでもないのに……。朝霞が僕を助けなければならないってわけはないのに。でも、何でかな、もし無事に帰れたら、朝霞にお礼を言わなきゃならない気がするよ。お前が助けてくれると思っているからじゃない。お前が母さんに上手く言い訳してくれているような、何故かな、そんな気がするよ。あれ、変だな、何故涙が流れてくるんだ)
崇の頬にすうっと一筋涙が零れる。それを不思議そうに八坂が見て、崇に涙を拭かせた。崇を挟んで反対側にいる八浜が、そんな二人を冷やかに見つめていた。
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