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朝熊がいれてくれた紅茶を倭は香りを楽しんだ後、一口飲んだ。
「頓原とは一緒に行かないのか」
倭は残念そうな気持ちが半分あった。もちろん、後の半分は良かったという気持ちだったのだが。
「まあ、おそらく、途中で出会うだろうけどな」
そう言って、朝熊は倭をジッと見つめていた。
「倭」
うん、と倭が朝熊を注視する。朝熊の表情がいつになく真剣であることに、倭は気づいていた。だから倭は心の中で朝熊の言葉を身構えた。
「明日から、《力》の使い方を教えるからな」
倭は頬杖をついていたのだが、左手はそのままに顔を上げて朝熊を見つめていた。そのまま時が止まったように、倭はしばらく動かなかった。
「朝熊、教えてくれるって……本当に?」
ようやくのことで倭はしかし、半信半疑で言った。
「倭、私は虚言は言わぬぞ」
それは倭には判っている。だが、予期せぬ朝熊の言葉に、倭はつい聞いてしまったのであった。
「本当に?」
「そうだ。ただし、条件がある。お前の《力》は、私の許しなしには使ってはならない。私が使え、という時には、必ず使わなければならない。それ以外の時に、お前は《力》を使ってはならない」
「何故?」
倭の疑問は当然であった。倭は朝熊を手伝いたかった。これから奈半利の本拠地に乗り込もうと言うのである。倭が《力》によって奈半利を倒すのは、当たり前のことになるはずだ。それなのに、朝熊は倭に自分の許可なしに、《力》を使うなと言っている。
「倭、私にそれぐらいの自負を持たせてはくれないか。倭を守るのは、私一人なのだと。奈半利全部を敵にしても、私に倭を守りきるだけの力量があると思っているのは、私の自分自身に対する過大評価か」
倭はただ目を見張っていた。朝熊の言葉に胸が一杯になって言葉を出せなかったのだ。朝熊は倭の返答がないことを逆に解釈してしまった。朝熊は倭から目を逸らして、ふうっと溜め息をついた。
「そうだな……」
倭は朝熊の態度で自分の思いが逆に伝わったことに気づいた。倭は朝熊の腕を掴む。
「違うよ、違うんだ、朝熊」
朝熊が驚いて、倭に目を戻す。倭が朝熊の目を見据えながら、首を振った。
「私は、朝熊を信じている。朝熊の言うことなら何でも言う通りにするよ。私は、朝熊を信じているから。朝熊が《力》を使え、と言うまで決して使わないし、使え、と言ったら必ず使うから」
朝熊の表情に一瞬哀しそうなものが浮かんだような気がしたと思ったのは、倭の思い違いだったのだろう。朝熊が優しく微笑んで、
「いい子だな、倭」
と言って、そっと倭の頭を撫でた。もう子供扱いは止せ、といつもなら突っぱねる倭だったが、今日は頭に置かれた朝熊の手の重さが、妙に心地よかった。朝熊が倭の頭からその手を自分自身の額の勾玉に移した。そして倭の手を取ると、倭自身の勾玉にその手を触れさせた。
「私は自分の勾玉に誓って、必ず倭を守りきると約束する。倭は私の言うことを必ず実行すると約束出来るか」
倭がニコッと笑って、
「もちろんだ。朝熊が疑うなら、何度でも誓ってやるぞ。この私の勾玉に、そして、この後月様と流水様の勾玉にも誓ってやる」
と言った。倭の無邪気な笑いは、朝熊を締めつける。その表情を心の奥に隠して、朝熊は明るく笑った。
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