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新しい出雲の隠れ家に向かう頃には、頓原の《気》は半分程度に取り戻せていた。これは驚異的なことであった。だが、まだ宍道と話が出来るほどには回復していなかった。頓原は早く宍道と話をしなければ、と思っていたが、自分の《気》がこの状態では、宍道から呼び出してくれるのを待つしかなかった。しかし、それは頓原の望み通りになった。
「頓原」
と呼ばれたのは、新しい隠れ家を一通り見て回って、自分の部屋に入ったところであった。まるでそれを待っていたかのように、宍道は頓原を呼んだのだ。
「宍道」
頓原はこれほど宍道に会うのが嬉しいと思ったことがなかった。それが表情に現れたのだろうか、宍道が嬉しそうに笑った。
「重要な話があるんだ、宍道」
呼び出した宍道より先に、頓原は口火を切った。宍道は黙って頷いた。
「高千穂は、奈半利の本拠地だ」
頓原はそう言って宍道を見つめた。宍道は表情を変えずに頓原を見つめていた。その表情からは宍道の心が見えなかった。
「宍道はそれを知っていた? 俺を高千穂に向かわせたのは、そのためだった?」
宍道はしばらく何も言わなかった。頓原は宍道の反応を黙って待っていた。
「そうか……」
ようやく、宍道が呟く。そしてフッと頬を緩めた。
「嘘から出た真……だな」
そう言って、
「すまないな」
と付け加えた。頓原は何も言わない。
「高千穂か。よく考えたな、奈半利も。隠れ蓑としては最高かもしれん」
宍道は感心したように言った。
「宍道、奈半利に先手を取られたぞ。布城崇を奈半利が手に入れた。俺ももう少しで人質生活を甘んじるところだった。お前との取り引きに使いたかったらしいな」
宍道はうーむ、と腕を組んで考えていた。
「奈半利はもう一人、さらうつもりだと思うな。俺の勘と伊勢の朝熊の勘は同じことを感じた。布城崇を目覚めさせるために必要なのは、柚木野遙。彼女が狙われる可能性は高いと思う」
その時、頓原のポケットで電話のベルが鳴った。頓原は携帯電話を取り出すと喋りだした。
「ちょっと待って」
と言うと、頓原は宍道に視線を戻した。
「伊勢だ。宍道、奈半利のことを言ってもいいだろ。出雲だけでは手に負えないと思うし、それに使い様によっては強力な味方になるぜ」
宍道は頷いた。頓原は再び電話で話し始める。
「それじゃ、今から行くよ」
そう言って頓原は電話を切った。
「宍道、崇と奈半利は東京の隠れ家から姿を消した。おそらく高千穂に戻っているだろう。俺にばれたことでもあるし、高千穂に行くまでにかなりのトラップを仕掛けているだろうな。とにかく、伊勢たちに会ってくるから」
頓原はさっさと立ち上がると部屋から出ていった。頓原の部屋の中で、刈安の球体がぼんやり浮かんでいる。
「私から呼び出したのに、私の用件は聞かずじまいか。まあ、よい」
宍道は独り言を言って刈安の球体ごと消えた。
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