頓原が会いに行ったのは、伊勢の連中であった。崇は今日はクラブから早めに帰っていた。普通なら今頃帰るはずなのだ。だから、倭たちはカフェテラスにいるだろう、と頓原は踏んでいた。そしてその通りに彼らはいた。ゆっくりと近づく頓原を、倭が不審げに見つめる。倭には人の《気》をはっきりと見ることが出来る。そして、その《力》の大きさまでも。だから今の頓原がほとんど《力》を持っていないことが判ったのだ。
「何やってんだよ、朝熊おにーさん」
 カフェテラスにいたのは倭と朝熊だけであった。開口一番そう言った頓原に朝熊が眉をひそめる。
「まあったく、俺はね、今日はそれどころじゃなかったのに、何でこんな目に会わなくちゃなんないわけ? 俺は崇くんのボディガードじゃないぜ」
 倭がハッと立ち上がる。
「伊勢のお二方、布城崇は奈半利の手に落ちたよ」
「何だって!」
 倭が顔色を変えて叫んだ。頓原がポケットから折りたたんだ紙を取り出した。
「連れていかれた場所はここ。ただし、もういないと思うけどね。俺が逃げだしたことに気づいてから、かなり時間が経ったから……」
「頓原が捕まった?」
 朝熊が驚いた表情を浮かべて言った。頓原はムッとして、
「そんなことはどーでもいいの。崇を取り戻さなければならないじゃん。手伝いたいけど、今の俺にはそんな《力》はない。倭おねーさんには判っているだろうけどね。今の俺は、普通の人間と同じで何も出来ない。これは俺の油断だし、だけど、布城崇を一人にしたのはそっちのミスだよ」
 と言った。朝熊は立ち上がった。
「悪かった、頓原。お前が無事でよかったよ。とにかくそこに行ってみようか、倭」
 頓原が手を上げた。倭が目礼して朝熊とともに足早に去っていった。頓原はホウッと息を落として椅子に座った。目眩がしていた。伊勢に対しての義務は果たした。崇を一緒に取り戻したいが、今の頓原では足手まといになるだけであった。頓原は今出来ることをやっただけであった。後は、朝熊たちに任せるのだ。とりあえず今日は。頓原の《力》が元に戻ってくれば、また協力するだけであった。
「いかがですか、疲れが取れますよ」
 カチャとカップが目の前に置かれた。ハッと頓原は顔を上げる。遙がにっこりと笑っていた。
「あの……」
 頓原は遙とカップを交互に見つめた。
「朝熊さんたちのご友人の方ですよね。ハーブティですわ。お代のほうは結構です。私の気紛れですからね。朝熊さんたちに名前は聞いていらっしゃるかしら。柚木野遙と言います」
「頓原です」
 そう言って頓原は頭を下げた。
「ホント、疲れが取れますわよ。ゆっくりしていってくださいね」
 遙はにっこり笑って去っていった。
「ありがとうございます。いただきます」
 頓原はその背にお礼を言った。どんな《力》にさえも干渉されない、と思われる遙であった。頓原はその背をジッと見つめている。
(もしかすると彼女の存在は、もっと重要なところにあるんじゃないのかな)
 頓原はそれを考えていた。目の前にあるカップを持ち上げる。クンクンと匂ったら薬草のような香りがした。ふむ、と頓原はカップの中身を見つめていた。頓原は薬草とかが苦手だったのだ。それでも、これは飲まなければならないだろうな、と思っていた。遙の好意を無駄にしたくなかった。
(ええい。俺は男だ)
 とか何とか思いつつ、頓原は一気に飲み干した。表情には出さなかったが、
(うへーっ、草の味)
 と思って心の中で舌を出した。しかしその後、あれ、と思った。徐々に、僅かではあるが《気》が高まってくるではないか。頓原は他のテーブルに飲み物を運んでいる遙を見つめた。薬草などで《気》が高まることはない。他の食物によっても、そんなことはあり得なかった。とすると、
(彼女によってそれが可能になる?)
 ということなのか。頓原はふむ、と腕を組んだ。ますます、遙の存在が大きいのではないか、と思えてきた。もしかすると、奈半利も遙を狙うのではないか、という考えも浮かんできた。遙には麻績がついている。それに遙を殺すことは奈半利には出来ない。だが、手に入れるだけならば、奈半利にも可能だろう。何の《力》を持っているか判らない存在が二人いるのだ。頓原はそれが偶然ではないのではないか、と思った。
 頓原は立ち上がると、遙の側まで行ってポン、と肩を叩いた。遙がクルリと振り向いた。
「遙おねーさん、ごちそうさまでした。お陰で疲れがとれました」
 そう言って頓原はにっこりと笑う。遙も笑いを返した。
「良かったですわ」
「ところで、朝霞たちはどこにいるか知りませんか?」
 遙が笑って指を指した。
「あそこの最上階の学生会室ですわ、きっと」
「ありがとうございます」
 と頓原はお礼を言ってそちらに向かった。


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