目の前の深緋の球体を消して双海は目を伏せた。頓原が奈半利の隠れ家から逃げ出すのを一部始終見ていたのだ。そう、ただ見ていただけであった。松前たちに知らせようとしたら、知らせることが出来るのに、双海はそれをしなかった。
「失敗は、失敗ですからね、松前。そして、御荘も松前の性格を判っていながら止めなかったことは、あなたのミスですからね。二人とも近い将来に、その罪を贖っていただきますよ。私の計画を狂わさない程度のミスならば、許してあげたいですけどね」
 そう言って双海は妖艶に笑う。
「頓原に奈半利の場所がバレるのは計画通りですからね。そして頓原に松前の術が掛かることも……」
 パキン、と置いてあったガラスのコップが割れる。何も触れてはいないのに、テーブルの上でさらに粉々になった。それを見つめているのは、冷ややかな表情を浮かべている双海。
「でも、私は、あなたを許せないかもしれませんね、松前」
 壮絶なほどに妖艶な笑みを浮かべて双海は呟いた。
「祖谷のことをとやかく言うのは大目に見ましたけど、もしこれ以上あなたのミスで計画を狂わされるのはちょっと考えものですよ。御荘が巧く修正してくれるとは思いますけどね。でも松前、いつか贖ってもらいますよ、この代償に。私は物部様のように優しくはありませんから」
 双海はそう言って、粉々になったコップの破片を握り締めた。双海の血が白い肌を流れ落ちる。彼の《気》のように深緋であった。それを双海は表情を変えずに見つめていた。


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