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「目覚めると目覚める……」
朝熊の上から声が落ちてきた。朝熊はだが上を見ることが出来ない。
「それを望むか……」
朝熊は声を出せない。苦しかった。息が出来ないほどに、苦しかった。だが、それを和らげることが出来ない。
「目覚めさせるとよい……それこそ、我らの思う壺」
クスクスと笑って声は朝熊をいたぶっていた。
「お前が見る夢はすべて正夢。それはお前の望んでいる結果。すべて、お前の心の奥底に眠っている願望……お前は伊勢の一族に騙されているのだ。安芸を始めとして、倭にさえも。お前の思いは決して届かない。何故、我慢するのだ。手に入れればいいではないか。それこそお前の進むべき道。倭がお前をどれだけ信頼しているのかは、判っているのだろう。ならば、いくらでも倭を手に入れる理由はつけられるはず……。欲望のままに進めばよい。それが、お前の運命だ」
「違う」
朝熊は絞り出すように言葉を吐いた。どうにか声になった。
「私の見ている夢は、すべてお前が勝手に見せたもの。私の願望ではない。私は伊勢の朝熊だ。一生、倭の守り人だ」
クックックと笑いが落ちてくる。
「お前は、奈半利だ」
「違う!」
朝熊の声はかすれていた。
「たとえ、私が奈半利だったとしても、今の私には奈半利の心などない。私は伊勢だ」
「お前は生粋の奈半利だよ。どんなに隠していても、自ずと現れる。お前は奈半利の切り札さ。それは逃れ様のない事実だ。お前たちの仲間がこのことを知ったら、どう思うかな。教えてやろうか」
朝熊の表情が変わる。だが、
「そんな攪乱に引っ掛かるような我らではないぞ」
と言った。
「お前は誰だ。何故、私の夢に入ってくる?」
声は忍び笑いをしていた。
「そうか、名乗っていなかったか。ただで教えるのはもったいないな。だが、奈半利の切り札足るお前の望みだ。私は奈半利」
「奈半利? 奈半利の王のことか? 魚梁瀬はこの前殺したはず。では、その後に王を継いだ者か?」
「クク。魚梁瀬の後を継いだのは、物部という魚梁瀬の従弟だ。私は物部ではない。私の名は、奈半利。私は奈半利の王国自身。私に言わせれば、魚梁瀬も物部も私の手のひらの上で踊る駒でしかない。そう、お前たちもだ。すべての運命は、私の手のひらの上で踊っているのだ」
朝熊はグッと拳を握った。
「すべてお前が決めていると言うのか。すべての運命を。お笑いだ。いくらでもそう思っているがいい。私がお前を倒してみせる」
「楽しみだな。やはり、そう思ってもらわなければ面白くない。だが所詮、私には敵わないことを気づくだけさ」
朝熊はそれに言い返そうとして、ハッと目が覚めた。それは夢ではないのだ。それを気づいている朝熊であった。真実か、虚実か。それを正しく見極めなければ、自分を見失わないようにしなければ、と朝熊は思っていた。
ふと隣に寝ている倭に目を遣る。彼女の生まれた時からを、自分はずっと見つめてきた。どれほどに美しく育ったのだろうか。幾度、己の欲望のままに倭を抱きたいと思っただろうか。そしてそのまま、伊勢という枷から二人して逃れようと思ったか。だが、朝熊はその思いを振り切るかのように首を振った。こんな考えが浮かぶのも、きっと敵の術なのだ。朝熊はうっすらと滲んだ汗を手の甲で拭った。
奈半利と名乗った男は、何者なのだろうか。奈半利の王国自身だと言っていたのは、どういう意味だろうか。朝熊には考えるべきことがたくさんあった。そして、自分はどこまでも、いつまでも倭の守り人なのだと、自分に言い聞かせたのだった。
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