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「しかし、遙さんは崇に会ったことがなかったのか。彼はカフェテラスに来ないのか、朝霞と一緒に」 「行かないわけじゃないですよ。ただ、たまたま柚木野さんのバイトの日ではなかった、ということですね」 「そういうことか」 倭は納得して頷いた。朝熊がふと眉をひそめた。それに気づいた倭は、 「朝熊、どうした」 と聞いた。朝熊が倭を見つめて、少しためらった後口を開いた。 「少しとんでもない仮説を思いついた。本当に思いつきだから、あまり真剣に取られても困るんだがな」 へえー、という顔で倭は朝熊を見つめ続けた。 「言ってみろよ、朝熊。仮説から真実を導き出すことも可能かもしれないぞ」 倭がそう言って朝熊を促す。 「実は、安芸様が夢に出てきた」 「曾祖母様が?」 朝霞は安芸のことを知らない。だから話が見えなかったが、黙って口を挟むことをしなかった。 「安芸様はこう言われた。透明の勾玉の持ち主が現れる時、必ずそれに対になる勾玉の持ち主が現れる、と。今まで伊勢に迎えられたことはないが、透明の方と対になるその方は、必ず現れるのだそうだ。だが、その方の《力》とか、その目的とかは判らない、と安芸様は言われていた。透明の勾玉の持ち主は、何色にも染まる、倭、そうだな」 倭は頷いた。 「ならば、それに対になる勾玉の持ち主は、何色にも染まらないのではないか、と、そう言えるのではないか。つまり、どんな《力》を持っているかは判らないが、どんな《力》にも影響されないのではないか」 倭は朝熊の言いたいことに気づいて、朝熊を見つめ直した。朝霞も朝熊の言いたいことに気づいた。 「朝熊、それはすごい仮説だぞ」 「そうさ、自分でも驚いているさ。思いついたのが不思議なくらいにね。だが、可能性がゼロではない、と思わないか?」 倭はうん、と唸った。朝霞も考え込む。 「もし、もし、遙さんが、その透明と対の勾玉の持ち主だったとして……それは、遙さんが未だに布城崇と出会っていないことが偶然ではないということか」 倭の言葉に、朝熊が驚いた表情を浮かべる。 「偶然ではない……か。倭、それがもしも正しいのならば、透明の勾玉の持ち主を目覚めさせるためには、それに対の勾玉の持ち主と出会わせなければならない、ということかもしれないな」 朝熊の言葉の後、三人は三人とも黙りこくってしまった。 「崇が透明の勾玉の持ち主として、遙さんがそれに対の勾玉の持ち主として、二人を会わせて何が起こるのだろうか」 しばらく後に倭が呟くように言った。 「仮説が正しければ、布城崇は目覚めるさ」 倭は朝熊を見つめる。 「どうした、お前はそれを望んでいるのではなかったのか」 倭が心配そうに自分を見ているので、朝熊はそう言った。倭はうん、と口籠もった。 「よく……判らないんだ。確かに透明の勾玉の持ち主に目覚めて欲しい。そうすると、その方を連れて伊勢に戻ることが出来る。そうすることが私の使命だからな。でも、そうすることが本当に私たちが求める道なのだろうか。巫覡はほとんど目覚めることがないと言っていた。巫覡の言うことは正しいはずだ。それを私たちが無理に目覚めさせることは、間違いではないのだろうか」 「それも運命だぞ、倭」 朝熊はそう言って、胸がチクリと痛くなるのに気づいた。巫覡が言ったことが真実になるのならば、倭と崇の子供が巫覡となる。倭がそのことを知れば、きっとその運命を選ぶだろう。きっと伊勢のために。倭がその道を選ぶのならば、自分はそれを見つめることしか出来ないのだ。朝熊は倭の守り人でしかないのだから。 「それに倭、我らの仮説がすべて正しければ、の話だ」 そう言って何気なく、倭をチラリと見た。倭も同じように朝熊を見る。 「やっと動きだしたかな」 倭は頷いた。 「奈半利?」 朝霞が問う。朝熊が頷いた。 「きっと今度は崇を直接狙うだろうな。この間は麻績の父上の関係で、違ったらしいからな」 「今度は何人来ているのだろう。どうする、朝熊。泳がすか」 「そうだな、出来れば奈半利の王国の場所を吐かせたいな」 そう言って朝熊は視線を泳がせた。一点に止めたのは、再び倭に戻した時だった。 「今は二人か」 「まさか、二人だけということはないだろうな。どうする、奴らを尾けて東京での隠れ家を見つける?」 「朝霞、麻績は学生会室か?」 朝霞は頷く。朝熊は立ち上がった。 「ちょっと麻績に会ってくる。朝霞、倭のお守りを少し頼む」 いってらっしゃい、と朝霞が手を振った。
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