奈半利の物部たちが頓原を見つけた時、彼は高千穂鉄道の高千穂駅に降りたところであった。頓原は、ここに奈半利の王国があるとは思っていなかった。宍道が頓原に言ったのは、彼を出雲から遠去けるためであって、高千穂が怪しい、という根拠があったわけではなかった。それを頓原は知っていたのだ。それが本当のことだったとは、この時には、宍道も頓原も気づきはしなかった。
 とにかく、来たからには調べなければならない。そう思った頓原は、自分が呼ばれたことに気づいた。宍道が頓原を呼んでいるのだ。頓原は人目につかないところに向かった。
「宍道」
 と言うと、途端に刈安の球体が頓原の前に現れた。
「出雲に戻ってくれ、頓原」
 宍道の言葉に、頓原はジッと彼を見つめた。
「判った」
 と頓原は何も質問することなく答えた。何も聞かない、何も言わなくても互いに理解出来る、そんな関係の二人であった。
 宍道の刈安の球体はすぐに消えた。頓原は今来た道を戻り始める。その姿を奈半利たちに見られていると気づかないままに。
 そして双海は頓原をジッと見つめ続けた。深緋の球体が双海の目の前に浮かんでいる。それに頓原の姿を映しているのだった。双海の《気》は、妹の祖谷と一緒の深緋であった。そして、祖谷によく似た目元が笑いの形に変わる。
「出雲に帰るのでしょうか、頓原は。どうやら、宍道にとって頓原は大切な人らしいですね。ふうん」
 双海の笑みが顔全体に拡がった。艶やかな笑みであった。見るものをみな、ゾクリとさせるような笑みであった。
 双海の深緋の球体の隣に、紅の球体が現れる。その中に物部の姿が現れた。
「双海、御荘と松前は東京へ向かわせた。八坂、八浜、室戸が一緒だ。お前は奈半利に残ってもらうことにする。それとも祖谷の仇を打ちたいか、双海。お前がそう考えているのなら、それを考えないでもないぞ」
 双海がクスリと笑った。
「何故、私が祖谷の仇を取らなければならないのでしょう。祖谷が殺られたのは、あいつの《力》が劣っていただけのこと。それに、あいつの悪いクセがまた出ただけのことでしょう。祖谷は自分の好みに左右される、それを魚梁瀬は気づいていなかっただけです。祖谷が殺られたのは、自業自得と魚梁瀬の認識不足です。私は、物部様に忠誠を誓っておりますから、あなた様のご指示通りに動きますよ。物部様が私に奈半利に残って欲しいと言われれば、私は残させていただきますし、出雲へも伊勢へも、どこでも行かせていただきますよ」
 物部は満足げに双海を見つめる。判ってはいたが、やはり自分が選んだ目は正しかったのだ。それを確認したことも、物部の気分を良くしていた。
「どうやら、頓原は出雲に戻りそうですね、物部様。どうなさいますか。頓原が出雲に戻るまでを追いましょうか」
「そうだな」
 と物部は腕を組んだ。
「いや、もうよい。頓原は奈半利の結界に気づかずに去っていった。あまり見つめ続けると、気づかれるかもしれぬな。とりあえず、御荘たちが布城崇を奈半利に連れてくるのを待とう。御荘たちのことだ、そう遠からず戻ってこよう」
「判りました」
 と言って双海は、深緋の球体を消した。物部は紅の球体を消して、双海の前にはただの空間だけになった。双海の妖艶な微笑みが、顔全体に浮かぶ。すべては計画通りなのだ、双海にとっても。


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