湖陵たちが木次を助け出したのは、処刑の前夜であった。木次は牢に繋がれていたわけではなく、見張りをつけられて自分の部屋にいたのだった。音もなく見張りを倒した湖陵たちは、木次の前にひざまずいた。
「木次様、お助けに上がりました。どうぞ、我らと一緒に奈半利のために」
 そう言って湖陵は頭を下げた。木次が表情のない顔で、
「湖陵、お前も奈半利だったのか」
 と言った。湖陵はニッと笑うと立ち上がった。そして、木次の腕を取る。
「失礼をお許しください。こちらへ」
 後は無言で一同は部屋から去った。湖陵は見張りが手薄なことが気になったが、今はそれを気にしてはいられなかった。木次とともに早く隠れ家に帰らなければならない。
 刈安の球体が部屋の中に出現する。すでに湖陵たちは立ち去った後である。刈安の球体はすぐに消えた。
 そして、こちらは宍道の部屋。
 宍道の刈安の球体が彼の右手の上から消えた。その表情は暗い。コン、と扉が叩かれた。その少し空いた隙間から、三刀屋が顔を覗かせる。宍道が頷くと、三刀屋も頷いて消えていった。
「父上……」
 低く低く宍道は呟いた。両手で頭を抱え込む。その肩が僅かに震えていた。
 他の方法がなかっただろうか、本当になかったのか。宍道はそれを考え続けて、結局何も出来なかった。木次を、自分の父親をこの手で葬るなど、それが出来るほどに、自分は冷酷な人間だったのだろうか。そう思うと、宍道は胸が張り裂けそうになるのだ。頓原にいて欲しかった。今はまだいい。それが終わった時、頓原が側にいなければ、自分は壊れてしまいそうだった。三刀屋ではそれが叶わない。たぶん、頓原以外の誰にも、頓原に代わることは出来ないのだ。なのに、彼を遠去けたのは自分であった。呼び戻せば頓原は戻ってくるだろう。その間に、自分は正気を保てるだろうか。
 宍道は顔を上げた。誰も見たことのない子供の顔の宍道であった。またうつむいて、すっと立ち上がった。そしてキッと顔を上げる。それは、王の顔をした宍道であった。時を戻すことは出来ない。止めることも出来ない。すでに賽は手のひらから離れたのだから。


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