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出雲の中の奈半利狩りは、思っていた以上に上手くいった。宍道自身もこれほど、計画通りにいくとは思わなかったほどである。
奈半利と通じていたという咎で木次を拘束し、一週間後に処刑するという触れによって、出雲は確かに揺れ動いた。仮にも出雲の王である木次の裏切りは、一族に大きな衝撃を与えた。特に、奈半利と実際に通じていた人々の中に。その中には自ら考え直し、宍道の元へ赴き、出雲への忠誠を取り戻した者も多かった。だが一部の人々は、出雲の中で決起しようと思い立ったのである。
「まさか、木次様が我らと同じ意志を持っておられたとは……」
ほの暗い中に人々の影がうごめく。
「我らとは別に、奈半利であられたのだな。もしかしたら、代々の王の中にも奈半利はおられたのかもしれぬ」
「木次様の件で、仲間が次々と裏切っていく。出雲も許せぬが、奴らも許せぬ。そろそろいいのではないか」
うむ、と中央の男が頷いた。
「木次様を助け出し、宍道様を亡き者にし、裏切り者は処刑し、我らの手で出雲を乗っ取るか。旗印が木次様ならば、一族の者どもは納得しよう」
「しかし、宍道様は手強いという噂だぞ」
「手強い、と言っても所詮、一人ではないか。それに今、五真将たちは出雲にいない。この時を逃してなるものか。木次様の処刑は三日後に迫っているのだ。考え直す暇はないぞ」
男たちはお互いを見つめ合った。それは、神聖な行為なのだ。木次様を助け出し、出雲を完全に奈半利のものとする。それを自分たちの手で行うのだ。男たちはその計画に酔っていた。その中に一人だけ、心配そうな表情を浮かべている男がいた。下座に座り、男たちの輪に入っていない。まだ少年であった。
「あの……」
少年の小さな声に、近くにいた者だけが振り向いた。そして少年を見て、
「八雲、どうした」
と言った。少年−八雲は、声を掛けた男を見つめて、
「邑智様、本当に木次様は奈半利なのですか」
と小さな声で言った。邑智と呼ばれた男は、呆気に取られた顔で、八雲を見つめた。そして、そのごつい手で八雲の頭を撫でると、
「奈半利でなければ、どうして宍道様が木次様を処刑しようとなさるのだ。木次様と宍道様とは、本当に仲のよい親子であった。宍道様は木次様を拘束されてからというもの、大変落ち込んでいる。なあ、湖陵、そうだったな」
と中央にいる男に言った。湖陵と呼ばれた男が邑智のほうを向いた。30を過ぎたばかりのようで、切れ長の目をしたほっそりとした男であった。
「確かに……」
湖陵はそう言って、八雲を見つめた。八雲は恥ずかしげにうつむいた。
八雲はまだ15であった。この場にいるのは、父親が奈半利であったからであったが、その父親はすでに亡くなっていた。15歳の八雲がここにいるのはおかしいのだが、それは、彼の《力》が仲間にとって捨てがたいものであることと、リーダー格である湖陵の思い人であるからであった。
「八雲はこの計画には加わらなくてもいい」
湖陵はそう言って邑智に目を向けた。邑智が頷く。湖陵が八雲を計画から外すのは、別に八雲を危ない目に合わせたくないわけではなかった。ただ、足手まといなだけであった。邑智もそれを知っているし、八雲もそれが判っていた。湖陵たちは八雲の《力》を欲していたが、それは攻撃に対してではないからだ。八雲の《力》は羽衣と同じように、癒しであった。おそらく、出雲の中では一番の癒しの《力》の持ち主であった。
「八雲、あとで私の部屋へ来い」
湖陵はそう言って再び元の話の輪に戻った。八雲と湖陵の仲は公然の秘密であった。湖陵は31歳で白い肌の唇の薄い美青年であった。静がよく似合う男であった。反対に八雲は動が似合う。よく日に焼けた肌に、大きな目が可愛らしさを出している。白と黒、静と動の対照は、一対の絵のようであった。彼らのその行為を気に入らない者もいないわけではない。しかし湖陵はリーダーとして、八雲は癒しの《力》の持ち主として、仲間として外せないのであった。
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