頓原は左腕の痛みで目を覚ました。草の上に倒れたはずだが、今は布団の上に寝ている。はて、と頓原は視線を動かした。
「気がつかれたようですね」
 襖がすうっと開いて声が掛けられた。頓原が顔を向けると、女の顔が覗いていた。
「ここは?」
 頓原が起き上がりながら問うた。左腕には包帯が巻かれていて、うっすらと血が滲んでいる。
「ここは出雲の外れです、頓原様。私は出雲の羽衣と申します。包帯を取り替えましょうね」
 羽衣と名乗った女は、年の頃は二十後半というところであった。頓原の側に座ると、包帯を解いた。
「何故、俺はここにいるんだ? お前が助けてくれたのか。俺が気を失う前に見た若葉色の光はお前のものか」
 頓原は羽衣の顔を見知ってはいなかった。反対に羽衣は頓原を知っているようであった。出雲五真将として、出雲の一族に顔見せがあったためだろう、と頓原は思った。
「その質問に答える前に、腕の傷を治しておきましょうか」
 包帯を解き終えた羽衣は、右手を頓原の傷の上に翳した。ボウッと緑の光が輝いた。
「癒し……か」
 頓原は呟いて、自分の傷口が直りつつあるのを見つめていた。
 癒しの《力》を持っている者は、出雲の中にはある程度いた。その《力》の程度には強弱の差があったが、他の一族に較べると、癒しの《力》を持っている者の割合は大きかった。頓原自身には癒しの《力》はない。そして、自分自身に対して癒しの《力》を発揮されたのも始めてであった。
「ありがとう」
 それが終わって、頓原は羽衣に礼を言った。羽衣は首を振った。
「いいえ、私にはこれぐらいしか出来ませんから。出雲五真将の方々のお役に立てることは、出雲の一族として誇りに思えますわ」
 頓原は左腕を動かしてみて、何の差し障りもないことを確認すると、再び羽衣を見た。
「それで?」
 羽衣は頓原から少し離れると、
「助けたのは私の弟ですわ。そしてここは私たちの家。出雲の結界よりも外にあります」
 と言った。
「出雲の結界よりも外というのは? 今、中に入れないことと関係があるのか」
「それは……。私たちは元々、昔からここに住んでいますから。でも、弟がここに連れてきたのは、確かに出雲の中に入れないからなのでしょうね」
 頓原は羽衣をキッと睨んだ。羽衣がドキッと頓原を見た。
「何故、今、入れない? 宍道とも少しも連絡が取れないんだ。出雲で何が起こっているんだ」
 羽衣は慌てて首を振った。
「私は知りません。私はたまにしか出雲の中に入りませんし……。弟なら何か知っていると思いますけど……」
 頓原はうーん、と腕を組んだ。
「弟は何をしている? 何という名前だ」
「弟は、三刀屋といいます。年は22で、別に何をしているというわけでは……」
「三刀屋の《気》は、若葉色だな」
 頓原にジロッと見られて、羽衣はまたドキッとした。何も自分は悪いことをしているわけではないのだが、首を竦めたくなるのだ。
「ええ、確かそうです」
 羽衣は小さく答えた。
「三刀屋に会いたいな」
 羽衣は怯えた目を頓原に向けた。頓原がそれに気づいて、始めて笑みを浮かべた。
「俺を助けてくれたんだろ。お礼ぐらい言わなきゃな」
 羽衣はホッと息を落とすと、
「たぶん、夜には戻ってくると思いますわ」
 と言った。
「どこに行ってる?」
 羽衣は頓原のその問いに、一瞬息を呑んだようだった。頓原が訝しげな表情を浮かべる前に、
「出雲の中ですわ」
 と羽衣は言った。頓原は羽衣に笑いかけると、
「待たせてもらおう」
 と言った。


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