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頓原は白緑の球体を左手の上に浮かべていた。頓原は一人であった。
「宍道」
と頓原は白緑の球体に向かって言った。しばらくすれば必ず現れるはずの人物が、今日は現れなかった。
「宍道、俺だ、頓原だ」
頓原は白緑の球体に神経を集中させて言った。だが、全く応えてはくれなかった。
「おかしい……」
頓原は低く呟いて、白緑の球体を見つめていた。頓原の呼びかけに決して宍道は応えないことはなかった。今まで一度も。それなのに、何故、今日は応えないのか。宍道が自分の意志で頓原への対話を拒否しているのか、それとも、出雲で何か起こっているのか。頓原には、宍道が自分との対話を拒否しているとは考えられなかった。宍道は出雲の中の奈半利を一掃する、と言っていた。宍道が応えない、ということは、それに関係しているのではないか、と頓原は思った。
(出雲に帰ってみよう)
と頓原は決心した。朝熊が魚梁瀬を倒したことから、とりあえずは一段落したのではないか、と頓原は思っていた。戸隠とも手を結んだことだし、少しの間、自分が東京を離れてもさほど心配はないのではないか、と思ったのだ。そうと決まれば、ためらうことのない頓原であった。他の出雲五真将には何も告げずに、それでも朝熊にだけは、少し出雲に帰る、とだけ伝えて、頓原は出雲に戻った。
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