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「ところで麻績、魚梁瀬がお前を使いたかったのは、やはり、崇に関することなのか」 「ええ、僕なら布城くんを警戒させずに連れてくることが出来るから、と」 「ふうん、やはり、奈半利は崇の身柄が欲しいみたいだな。でも、何故だろう」 「朝霞、僕も質問してもいいですか」 朝霞がいいよ、というように麻績を見た。 「カフェテラスにいる人たちは誰ですか。彼らも布城くんに関係あるんでしょう。朝霞の知っていることを僕にも教えてください。奈半利のことを知ってしまったからには、僕にも何か出来ることがあるかもしれない」 「それは……麻績、僕はお前をこれ以上巻き込みたくないと思っているんだ。今回のことはちょっとしたミスであって、お前はもう何もしなくていいんだ」 「朝霞」 と麻績は首を振った。 「違うんです。僕は巻き込まれたわけじゃないんですよ。最初から関係者の一人だったんです」 え、と朝霞が麻績を見つめる。 「僕は、奈半利ですから」 え、と朝霞が耳を疑った。それはあり得ないことではないのか。麻績は戸隠の一族として、朝霞とは幼い頃からの知り合いであった。それがどうして、奈半利になり得るのか。 「僕、というより、霧島家が戸隠の中で奈半利であることを選択していた、ということでしょうか」 苦々しげに麻績は言った。 「父は僕に何も言い残しませんでした。だから僕は父の生前、そのことを全く知りませんでした。僕は戸隠の一族であるということが誇りであったし、朝霞の近くにいられることが嬉しくもあったんです。父が死んで始めて、祖父が奈半利であることを誇りに思っていたことを知り、父が奈半利に殺されたことを知り、僕に《力》が出現したんです。だけど、僕は父が戸隠であろうとしたように、僕も戸隠であろうとしました。その矢先に、魚梁瀬が現れたんです。そして遙さんを盾に取られたわけですよ。あとは朝霞の知っての通り、というわけですね」 朝霞は何も言わずに、麻績の両肩に手を置いた。 「麻績」 朝霞が顔を上げた。その頬にすうっと一筋涙が流れるのを見て、麻績は驚いた。朝霞が人前で涙を流すなどあり得ないことだと思っていたからだ。 「僕は、戸隠としてお前を一番信頼しているし、親友としてお前を一番好きだよ」 そう言って朝霞が麻績を抱き締めた。麻績はただ朝霞の成すがままにしていた。朝霞の涙に驚いて、どう行動したらいいのか判らなくなっていたからでもあり、何もあらがわないほうがいいと思ったからでもあった。 「麻績」 と朝霞が顔を上げた。すでに涙は乾いていて真剣な表情を浮かべている。 「僕を愛している?」 麻績は朝霞のいつもの冗談か、と思ったが、それにしてはあまりにも真剣な表情をしている。 「朝霞、僕は朝霞を好きですよ。大切な友人としてね」 そう言って麻績の首筋にはわせそうな朝霞の指を払った。朝霞が笑いを浮かべて麻績から離れた。 「残念。僕は麻績を愛してるのに、友人としても、恋愛対象としても……。それに今のシチュエーションだと、落ちると思ったのにな」 麻績が笑ってそれを聞き流した。朝霞はどこまで冗談を言うのか、額面通りにいつも受け取っていたら気の休まる暇はないのだ。その点では、麻績は幼い頃からの付き合いであった。朝霞のことは、他の誰よりも判っているつもりであった。 「麻績、戸隠としては、この件に関しては全く関与しないことになっているんだ。克雅様の考えはね。僕としても、学園内と学生たちに危害が加わらないかぎり、関与したくなかったけど、崇は陬生学園の学生だし、それ以上に僕の《力》に何らかの関係があることを知ってしまったから、首を突っ込まざるを得ない状態になったわけだ。この件は戸隠以外の伊勢、出雲、そして奈半利が起こしたものだ。きっかけは、奈半利が崇を手に入れようと表に出てきたことだろう。それを出雲がちょうどいい、とばかりに、奈半利を滅ぼそうとしている、というわけだ。今までは奈半利は全くその姿を潜めたままだったからね。だから出雲にしてみれば、この際一挙に奈半利を滅ぼしたい腹なんだろうさ。お前も知っての通り、奈半利のほとんどは出雲からの離反者で占められているからね」 「布城くんを何故奈半利が狙うのです。彼には何か特別な《力》があるわけですか」 朝霞がうーん、と首を傾げる。 「その辺が僕にもよく判らないんだな。誰もそれをはっきりとは言わないから」 「ふうん、それじゃあ、カフェテラスにいる男女は誰ですか」 「あの二人は伊勢だ。朝熊と倭姫。そして後から来たのが、出雲の頓原。伊勢からは二人だけ、出雲からは五人来ていたけど、今は四人になったという話だ」 「出雲は奈半利を滅ぼしたいから、出てきたわけですよね。では、伊勢は何故いるのです。彼らは何をしているわけですか」 「実はそいつも僕はよく知らない。崇を守っているのは確かだけどね。僕の考えでは、崇は伊勢にとって大切な人みたいだ。だけど、今崇は目覚めていない。だから目覚めるまで待っている、ってとこかな」 ふうん、と麻績は呟いた。そしてふと思いついたように口に出した。 「魚梁瀬を殺ったのは出雲ですか」 朝霞は首を振った。 「いや、伊勢の朝熊だ」 「そうですか」 と麻績は考え込んだ。朝霞は何だろう、と麻績を見つめた。 「あの三人の中で一番《力》が強いのが、朝熊殿、というわけですか」 「さあ、それはよく知らない。でも朝熊は倭姫の《力》は自分より強い、と言ってたし、頓原は出雲五真将の中では一番の《力》の持ち主ということだ」 「そうですか。朝霞、じゃあ僕を誰かに会わせてください」 「誰かって、何をするんだ」 麻績がにこっと笑った。 「僕に《力》の使い方を教えてくれそうな人を紹介して欲しいんですよ、朝霞。僕にも何らかの《力》があると判った以上、それを使いこなしたいと思っていたんです。朝霞ならその思いが判るでしょう」 「そりゃあ……」 と朝霞は言いかけた。それをずっと思い続けているのは、朝霞自身である。それに麻績が《力》を使いこなすことは、何らかのプラスになるのではないか。 「うーん、その任に適したのっていえば、やっぱり、朝熊かなあ」 倭を指名すると朝熊が拒否しそうだし、頓原に対しては、朝霞はいまいち気を許せない。朝熊が一番面倒みが良さそうだし、他の二人よりいくらか知ってはいる。 「明日にでも言うかな。それでいいだろ、麻績」 「ええ」 と麻績は笑った。朝霞が笑って、 「お前の《力》って、どんなのかな。上手く使いこなせるといいな」 と言った。そして立ち上がって、 「遅くなってしまったな。これから勉強だろ。それ以上頭を賢くしてどうするんだ。僕のようにちゃらんぽらんに生きたほうが、長生きするぞ」 と言った。麻績が、 「残念ながら、僕は朝霞に見取ってもらうことに決めてますから。だから、朝霞にはせいぜい長生きしてもらって、僕の手足になってもらいますよ」 と言って続けて立ち上がり、障子を開けた。 「お前、欲張りだぞ。お前には柚木野さんがいるだろう。それなのに、僕まで使おうとするなんて……。ああ、僕には誰もいないのに」 くすん、と朝霞は泣き真似をした。麻績が笑いながら朝霞の肩を叩いた。 「それは謙遜ですね、朝霞。あなたが声を掛ければ、あなたのために命をかける人はたくさん現れるでしょうから。まあ、僕としては、朝霞が学生会の仕事をてきぱきと片づけることが出来たら、考えてあげてもいいですね。僕の胃が穏やかになれば、僕の心ももっと大きな気持ちを持てると思いますから」 「お前って、本当は、すっごく性格悪くないか」 朝霞が上目遣いに麻績を見上げた。麻績がまた笑う。 「今頃気づきますか、普通。何年付き合っています? 朝霞」 朝霞が靴を履いて麻績を振り返る。 「麻績、お前が自分の《力》を使いこなせるようになるまで、僕らが守るから。僕自身は守れないけど、それが悔しいけど」 「ありがとう、朝霞。僕は朝霞が僕を信じてくれるだけで嬉しいんですよ」 朝霞が少し照れたように顔を背けた。そして背中で手を振って、霧島家を辞した。
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