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 出雲の王国。
 王である木次と、息子であり実質的な王である宍道の仲は特別悪かったわけではなかった。ごく普通の親子といってよかった。時には喧嘩もするが、険悪になることもなかった。木次も宍道も出雲の王として出雲を大切に思っていると思われていた。だから、その事件は一族みんなが最初は信じなかった。
『出雲の王である木次は、秘かに奈半利と通じ、出雲を陥れようと計画を立てていたことを自供した。木次が出雲の王であることでその罪は重罪に当たる。よって、一週間後、我が手によって公開処刑に処するものなり。なお、その仲間のことについては、木次は未だ口を割っていないが、自らの罪を申し出る者は、我が名において一切罪を問わないこととする。宍道』
 その布告の前夜、宍道の手の者が木次を監禁し、宍道自身の手によって取り調べが行われたのだった。宍道は箝口令を敷かなかったので、布告より前に木次の監禁は人々の知るところとなっていた。
「まさか、木次様がそのようなことをなさっていたとは……」
「何かの間違いではないのか」
 一族の反応は一様に間違いであることを願っていた。だが、間違いであるということは、宍道がそれを犯したということにもなる。一族はその反応に苦慮した。二人とも間違っていたと思いたくないのだ。これが、宍道と木次の仲が悪かったのなら、もっと反応も変わっていただろう。だが、二人の仲は全く悪くなかった。それだけに一族は悩んだ。
「宍道様、本当に木次様は奈半利と通じていらっしゃったのですか」
 重臣の一人がおそるおそる宍道に問うた。宍道がジロリと見る。
「お前は私が嘘をついて、父上を陥れようとしていると言いたいのか。父上は全く否定なさらなかったのだ。私とて、信じたくはない。父上がどれほど出雲の王国と一族のことを愛していらっしゃったか知っているからな。だが、ご自身で言われたのだ。奈半利と通じている、と。だからせめて、我が手で父上を救ってやりたいのだ」
 宍道は絞り出すような声で言った。重臣たちは息を呑んだ。一番辛い立場にいるのは宍道なのだ。それをひしひしと感じていた。
「申し出る者が来たら、必ず私に通せ。判ったな」
 そう言って、宍道は重臣たちに下がるように手を振った。重臣たちは深く礼をして下がった。宍道が小さく溜め息をついた。
 みんなが出ていったとは違う扉が開いて、一人の男が入ってきた。
「三刀屋か」
 と宍道は言った。
 三刀屋と呼ばれた男の年齢は宍道より一つ下の22歳だが、見た目は三十前半に見える。宍道一人の影であった。三刀屋は宍道に従い、そしてその命を受けることが生き甲斐であった。三刀屋はそういう男であった。三刀屋は宍道の側にすうっと近づく。そしてすぐ側に立ち止まった。宍道から刈安の靄が拡がって、二人を結界に閉じ込めた。
「宍道様」
 と三刀屋は結界が完成したところで口を開いた。
「上手くいきます。宍道様のなさることに間違いはございません。私はいつまでも宍道様とともにまいりますから」
 宍道は頷いた。表において一番信頼しているのは頓原であり、裏ではこの三刀屋であった。しかし、頓原のことを三刀屋は知っているが、三刀屋のことを頓原は知らなかった。
「判っている。三刀屋、この一週間の間、誰も出雲から出すなよ。そして誰も入れるな。これで尻尾を出さなければ、出雲も終わりだということだ」
 今度は三刀屋が頷いた。
「五真将たちにも連絡を取らぬ。これが終わるまでは……」
 宍道は呟いて結界を解いた。三刀屋は黙って部屋から出ていった。


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