「倭おねーさーん」
 と叫びながら、黒い影が猛スピードで近づいてきた。
「頓原だ」
 頭を抱えたくなって倭は呟いた。
「朝熊、私はいなくてもいいだろう。頓原が消えるまで、私は消えていていいか。まだ、あまり頓原と顔を合わせたくない」
 朝熊は、
「駄目だ」
 と首を振った。倭はあーあ、と溜め息をついた。
「嬉しいなあ、倭おねーさんのほうから呼び出してくれるなんて。俺、感激だな」
 猛スピードで走ってきたにしては、僅かに息を乱している程度で頓原は言った。倭が呆れ顔をした。
「いつ、私がお前を呼び出したんだ。お前を呼び出したのは朝熊だろう」
「電話を掛けてきたのは、朝熊おにーさんだけど、会いたいって言っているのは、倭おねーさんでしょ。朝熊おにーさんがそう言ってたよ、ねえ」
 頓原がそう言って、朝熊に確認を取る。朝熊はコホンと一つ咳をした。
「まあ、言葉の綾ってとこだな」
「朝熊!」
 倭の叫びに、どうやら自分は騙されたらしい、と判った頓原は、じゃ帰ろ、とくるりと背を向けた。その襟首をスッと誰かが捕まえた。朝霞であった。
「姫君の代わりに、僕では役不足かな」
 頓原は朝霞を振り返った。そして言う。
「美人は好きだけど、俺は男は苦手なんだ」
 さらに朝霞をジロジロと見て、
「ついでに年下も好きじゃない」
 と付け加えた。信じられないことだが、頓原のほうが朝霞より一つ上なのだ。とは言いつつも、頓原は朝霞が襟首から手を離しても帰ろうとはしなかった。
「まあいいさ。俺が引っ掛かったのが悪いってことじゃん。朝熊おにーさん、話って何かな」
 朝熊の隣に座ると、先を促した。
「この美人を紹介しようと思ってね」
 と朝熊は朝霞を指さした。
「そりゃどうも。頓原です。出雲五真将の一人、年は17、とこの程度でいいのかな」
 頓原はそう言って、朝霞をジッと見つめた。
「戸隠の朝霞。よろしく、頓原」
 二人の挨拶が終わると、朝熊が口を開いた。
「ふうん」
 と朝熊の話が終わると頓原は腕を組んだ。
「で、あれが話の彼女?」
 頓原が遙に視線を向ける。頓原から見ても普通の人であった。
「俺としてはいいよ。いくらでも手を貸すさ。出雲の一人が奈半利を一人倒して、その代わり、出雲も一人倒された。そのために、奈半利の王が東京へ出てきた。殺られるのをじっと待つことはないからな。ここで一挙に始末をつけるさ」
 頓原はそう言って、三人を見渡した。その目を朝熊に止める。
「ちょっと話があるんだけどな、朝熊おにーさん」
 頓原の瞳に真摯なものを感じて朝熊は頷いた。
「いいだろう。場所を移そうか」
 と朝熊が立ち上がりかけるのを、朝霞が制した。
「朝熊、僕らが席を外すよ。姫君、弓道場へ行きませんか」
 倭がパッと立ち上がる。朝熊が渋い顔をした。
「倭、見るだけだぞ」
 倭の表情に残念そうなものが浮かんだが、素直に頷いた。そして朝霞とともに弓道場のほうへ行った。

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