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朝霞はお盆を持って、カフェテラスに向かっていた。そして遙に声を掛ける。
「柚木野さん、ごちそうさまでした。美味しかったですよ。ちなみにこの調合は、ロイヤルコペンハーゲンのウバとヴィンテージウバが5対1の割合ではありませんか」
遙が走ってきて、
「まあ、会長……本当に会長の舌はどんな構造になっているのでしょう。機会があったら解剖したいと思ってしまいますわ」
とお盆を受け取った。
「それはご遠慮いたしましょう。僕はまだ人間として生きたいですからね。柚木野さんに解剖されたら、きっとバレてしまいますから」
と朝霞は笑った。遥は上目遣いに朝霞を見つめると、
「会長」
と小声になった。朝霞が何か、と遙を見た。
「会長、あまり麻績さんをいじめないでくださいね」
遙の言葉に、朝霞が笑う。
「いじめられているのは、僕のほうだと思っていましたけど……」
と言いかけて、朝霞は遙を見つめ直した。少しためらった後、
「柚木野さん、こんなことを聞くのは失礼かと思いますが」
朝霞はそう言って、言葉を切った。遙が明るく笑う。
「会長のおっしゃりたいことは判りますわ。質問の答は、イエスです。今まで気がつかれなかったのですね。別に隠しておいたつもりはないのですが」
「そうですか」
朝霞はそう言って、改めて遙を見つめた。遙はにこにこと笑っていた。
「あなたが、麻績にとって大切な人なのですね」
遙は少し赤らんだ。
「まあ、麻績さんってそんなことを会長に言われたのですか」
怒ったような口調の中にも、明らかに嬉しそうな色が混ざっていた。
朝霞は遙から目を逸らして、視線を上に向けた。その先に高等部の学生会室がある。朝霞の目にこちらを向いている麻績の姿が見えた。
「では会長、仕事中ですので失礼させていただきますわ」
「すみません、お仕事の邪魔をしてしまいましたね。ありがとうございました」
遙が頭を下げて立ち去るのに声を掛けて、朝霞は朝熊たちのほうに向かった。
「朝霞会長」
と後ろから声を掛けられた。朝霞が振り向くと、そこにいたのは桜沢那加と清華の兄妹であった。
「桜沢会長、お久しぶりですね」
朝霞がそう言って頭を下げる。
「朝霞、大学部にも遊びに来いよ」
と言って、那加は手を振って去っていった。清華が朝霞の側にすっと寄って耳元でささやく。
「朝霞会長、見てしまいましたわ。那加お兄さまは気がつかれなかったようですけど……」
と言ってにこっと笑った。
「桜沢さん……何のことです?」
清華がくすくすと笑った。
「私、朝霞会長を応援していますからね。柚木野先輩に負けないでくださいね」
朝霞が面白そうに清華を見た。
「桜沢さん、ずいぶんと楽しそうですね」
「だって、お似合いですわよ、お二人は……。それに、こんなにいい男が集まっているのに、何もないのはおかしいとは思いませんか。ね、朝霞会長でしたら、この気持ち、判っていただけると思うのですが……」
清華はそう言ってまたにこっと笑った。
「とりあえず、桜沢さん、お兄様には内緒にしておいてくださいね。でも、僕と麻績とはただの親友ですから。まあ、邪推するのはかまいませんが……」
「判ってますわ、朝霞会長……」
また清華がくすくすと笑った。
「桜沢さんが学園生活を楽しく過ごせるのは、僕にとって嬉しいかぎりですから」
「ありがとうございます、朝霞会長」
清華はそう言って少し先で待っている那加に駆け寄ると、二人並んで去っていった。朝霞はそれを見送って、朝熊たちのほうに足を進めた。
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