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 京は近頃上機嫌であった。その原因と言えば、息子の友人となった朝霞であった。崇が陬生学園の入学式で、いきなり高等部学生会の会計を任ぜられ、その挨拶かたがた朝霞が布城家にやってきたのが始まりであった。その時、京は朝霞を見つめて思わず頬が染まるのを感じた。174pのやややせ型の長身で、しかもその端正な顔立ち。息子と同い年とは思えない、洗練された優雅な物腰であった。
(私には、亮介さんがいるのよ)
 と思わず、夫を思い出して京は頬を染めたのを恥じた。
 その日から、朝霞はたびたび布城家を訪れていた。最近は毎日のように崇と一緒に帰ってくる。今では、京はもう一人の息子のように朝霞を扱っていた。崇のことが息子として不満なわけはないのだが(背の高さと童顔はしかたないとして、学業成績も性格も申し分ないのだし)朝霞の崇とは全く違う子供としての魅力が京にとって朝霞を気に入る原因になった。それに、朝霞に家族がいない(と京には言っていた)ことも、京が朝霞を息子のように扱う理由でもあろう。
(学生会って顔で選ぶのかしら)
 と京はこの間、一緒に来た麻績を見て思った。朝霞も麻績も端正な顔立ちで、綺麗である、という言葉がふさわしいのであった。較べると、朝霞が女性的な美しさであり、麻績はそれを感じさせない美しさであった。麻績の家が日舞の家元であることを知って、麻績の動きの端々に計算されたような美しさがあることを納得していた。
(崇も少しは見習ってくれるかしら)
 別に崇ががさつなわけはないのだが、二人を見ているとそんなことを思ってしまう京であった。
「朝霞くん、どうしたの。顔色が悪いわ」
 もちろん、今日も朝霞は布城家を訪れていた。珍しく亮介も早く帰ってきていて、布城家の三人とともに、朝霞も食卓についていた。食事を並べる支度を手伝っていた朝霞が、皿をテーブルに置いた後ふらついたのを、目敏く京が気づいたのだった。朝霞は一つ深呼吸をすると、亮介に言った。
「すみません、お電話をお借り出来ますか」
「大丈夫かい。病院に行くのなら、私が連れていくよ」
 亮介が心配そうに言ったが、朝霞が首を振った。そして、差し出された電話で番号を押す。低い声で言う朝霞の言葉は、誰の耳にも言葉として入ってはこなかった。亮介に電話を返しておいて、
「すみません、迎えが来るまで少し待たせていただきます」
 と言った。崇が朝霞を覗き込む。
「朝霞、ほんとに顔色がないよ。迎えってすぐに来るのか」
 朝霞が頷いた。そして立ち上がる。え、と思う三人に、
「ご迷惑をおかけしました。小父様、小母様、食事の途中で席を立つご無礼をお許しください」
 と朝霞は頭を下げた。崇は顔色のない朝霞を見つめて、そんな状態でまあ、何とさすがだね、と思ってしまった。
「迎えが来たの?」
「はい、表に止まっています」
 との朝霞の言葉に耳を澄ますと、そういえば僅かにエンジンの音がするようである。
「僕が玄関まで送るよ」
 とみんなが立とうとするのに気づいて崇が言った。肩を貸そうとする崇に笑って断ると、京と亮介にお辞儀すると部屋から出ていった。玄関まで崇は送ったが、外まで出ようとすると朝霞に止められた。
「崇ちゃん、これから先は見ないで欲しいんだ」
「それは……」
 と崇は言いかけたが、頷いて背を向けた。それを見届けて朝霞は玄関から出ていった。待っていたのは、もちろん牟礼であった。無言で後部座席に乗り込む朝霞に、牟礼はこれも無言でドアを閉めた。そして静かに発車した。その音に家の中の三人は気づいて、ホッと息を落とした。
「朝霞くん、大丈夫だった?」
 京が崇に聞いたが、
「大丈夫だよ。多分、風邪じゃないのかな、さっきから寒気がするって言ってたし」
 と崇は答えた。それは事実ではなかったのだが、京を安心させるためには必要な嘘であった。崇自身は、といえば、明日学校で詳しく聞くか、と思ったのだった。


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