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頓原はすぐに仁多に会った。仁多に言う必要はないとは思うが、仮にでも仁多は、出雲五真将のリーダーなのだ。最終的な判断は宍道がするとしても、東京へ来ている中では、仁多の判断を仰がなければならない。それを嫌って、頓原は独断で伊勢と手を結んだのではあるが……。しかし、今回は仁多を蔑ろにすることは出来なかった。
「奈半利の王が、東京へ出てきたというのか」
そう言って仁多は腕を組んだ。頓原はそんなことはどうでもいいではないか、それよりも重大なことがあるぞ、と思ったが、何も言わずに仁多を見ていた。
「頓原、それよりも私に言わなければならないことがあるのではないか」
と仁多は言った。頓原は、
「何が?」
と言った。惚けたわけではなく、仁多の質問が判らなかったからだ。
「船通に聞いた。お前は確かに五真将の中では、一番《力》がある。だが、一番若輩者だ。それを忘れてはいまい。五真将のリーダーが誰なのか、忘れているのか。私に何の断りもなしに、伊勢と手を結んだというのは本当か」
頓原はチェッと舌打ちした。仁多の腰巾着の船通にも、年功序列を尊ぶ仁多にも呆れていたのだ。
「頓原、勝手な行動は今後一切禁止するぞ。お前は己の《力》を過信して天狗になっているのだ」
「仁多、お前は確かに五真将のリーダーだけど、俺の行動を制約する権利はないぞ。お前がリーダーにふさわしい、というわけではないことぐらい気づいているはず。俺に命令出来るのは宍道だけだし、俺は出雲のためを思って伊勢と手を組んだんだ。そのほうがどう考えても、出雲のためになる。出雲だけで奈半利を消滅させなければならないわけじゃないだろ。何なら宍道にお伺いをたてるか、俺も宍道に用があるから今聞くのがいいな」
「待て、頓原、勝手なことを」
と仁多が止めるのを無視して、頓原は目を閉じた。そして左手を上に向けた。その中に白緑の球体が現れる。直径一メートルぐらいになったところで、頓原は自分と仁多の間にそれを浮かべた。頓原は仁多を促した。仁多は苦い顔をしたが、しかたなく声をかけた。
「王よ、仁多でございます。お話がございます」
それは出雲と直接に話をするためのものであった。空間を歪め、そこにいるかのように話をすることが出来た。仁多が出雲と話したい時も、頓原にその白緑の球体を作ってもらわなければならない。それは五真将の中では、頓原しか作れないものだからだ。
仁多の呼び掛けに白緑の球体の中が揺らめいた。やがて人の形を作って、宍道が現れた。
「仁多、どうした」
潜戸が殺されたことと祖谷を殺したことはすでに宍道まで話が届いている。
「宍道、奈半利の王、魚梁瀬が東京へ出てきたぞ」
それを聞いて、宍道は目を細めた。仁多は渋い顔で二人を見つめる。仁多は、宍道に対する頓原の口のききかたが気に入らないし、宍道がそれを許しているのも気に入らない。だがそれを言うことは出来ない。宍道が許しているかぎり、仁多は口出しをすることが出来ないからだ。
宍道は6歳下の頓原を気に入っていたのだ。幼い頃から二人とも《力》が大きく、他に似通っていた者がいなかったためか、宍道は頓原を弟のように可愛がった。だから、頓原も宍道を兄のように慕い、僅かに宍道のほうが《力》が強いため、宍道の言うことは何でもきいた。もし宍道の《力》が僅かでも頓原よりも弱かったとしたら、頓原と宍道の関係は、王と臣下の関係以上にはならなかったであろう。
「ほう、奈半利の王が東京へ出てきたか」
「それよりも、宍道」
と頓原はさきほどの話を宍道に伝えた。
「ほう」
と宍道は頓原を見つめた。
「この話をどう解釈するかは、宍道の心一つさ」
頓原はそう言って、宍道に後を任せるよ、という表情をした。
「判った、明日にでも連絡しよう」
出雲では何人もの人を使って連絡の球体を出すことが出来るが、宍道ならば一人でそれをすることが出来る。頓原と一緒で。宍道が仁多に視線を移した。
「仁多、お前からも何か話があるか」
仁多は頓原をチラッと見て、宍道に頷いてみせた。
「宍道様、頓原が独断で伊勢と手を結びました。これ以上、頓原に勝手な行動を取らせると、五真将のまとまりがなくなります。宍道様、頓原は私の命令はきけないと言っています。宍道様からよく言ってきかせてください」
宍道は仁多の言うことをじっと聞いていた。そして頷く。しかし、言った言葉は仁多には気に入らぬものであった。
「判った。仁多、下がっておれ。頓原と二人で話したい」
だが、仁多はそれに従うことしか出来なかった。一つお辞儀して仁多は去っていった。
「宍道、お前の言いたいことは判ってるよ。でも俺は間違ったことはしていないぞ」
宍道の言おうとする先を読んで、頓原は言った。宍道がフッと笑った。
「違う。お前を叱ろうとしているわけではない。お前の考えが、私に判らないとでも思っているのか。お前は私に似ている。その《力》も、その考えも。でも、言っておかなければならないこともある」
頓原は肩を竦めた。
「仁多に何でも話せってことだろ。それは俺もそーしよーと思ってはいたんだ。でも、ついね」
「頓原、仁多を五真将のリーダーとしたのは、この私だ。その理由は彼が一番年上だからではない。彼がリーダーとしてふさわしいからだ」
憮然として頓原が頷いた。だが、それもあまり適当な理由ではないのだ。仁多のほうがリーダーになっているのは、頓原が個人プレイを楽しむからであった。全体をまとめるのを頓原が苦手とするからであって、それが出来れば宍道は年など関係なく、頓原をリーダーとしたであろう。仁多がふさわしいのではなく、頓原がふさわしくなかったからであった。それを判っているから、頓原は憮然とした表情になったのだ。
「だが、伊勢と手を結んだことについては、お前は悪いことだとは思わないだろう。それに今、そんなことを論じている場合ではないと思うけどな。魚梁瀬の言ったことは、かなり重大なことだぞ。出雲の中にも奈半利に通じる者がいるということなんだ。奈半利の王国を滅ぼしただけでは、奈半利は消滅しない。出雲だけでなく、伊勢や戸隠にいる奈半利をすべて倒さないかぎり、奈半利はなくならないんだ。宍道、どうする。他の一族はともかく、出雲の中の奈半利を滅ぼす、何かいい手がないだろうか」
宍道は頓原を見つめた。
「考えるしかあるまい。とりあえず、明日、私のほうから連絡する」
そう言って消えようとする宍道を、頓原は呼び止めた。
「宍道、俺の立場をまだ悪くする気かい」
宍道が頓原の言いたいことに気づいて苦笑した。
「悪い」
頓原は一度部屋を出ると、仁多を伴ってきた。
「仁多、とりあえず明日、私のほうから連絡する。それから、頓原のことについては、私は個人プレイで、出雲のためにならぬことをしないはずだと思っている。だから、伊勢と手を結んだことについては、私の了解済みと解釈していい。お前は私が頓原に対して甘いと思っているだろうが、そんなことはないぞ。とにかく、同じ時間に連絡しよう。今度は四人とも揃って欲しい」
仁多は話を聞く間ずっと頭を下げていた。そして、話が終わるとさらに深く頭を下げた。宍道は白緑の球体の中から消えた。そして、頓原は白緑の球体を左手で掴むように消し、さっさと部屋から出ていった。仁多はしばらくそのまま突っ立っていた。
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