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魚梁瀬にそんな風に考えられているとは思いもよらない朝熊は、嵐の真っ只中にいた。今まで見た夢から、自分で想像していたことが、魚梁瀬の言葉によって裏づけされてしまったのだ。朝熊の前に絶望、という文字が浮かんだ。もしかしたら今すぐにでも、己の中にある奈半利の意志が目覚めるのではないか。倭を殺す夢を見たのは、その前兆ではないか。朝熊はこれ以上、倭の側にいてはいけないような気がしてきた。
「朝熊」
と突然声がした。ハッと目を上げると倭であった。公園のベンチに座っていた朝熊に気づいて、倭が声をかけたのであった。
「どうしたんだ、朝熊。気分でも悪いのか」
倭は朝熊の顔色が悪いことに気づいてそう言った。朝熊はその時見た。倭の両横に巫覡の後月と流水の姿、そして、倭の後ろに安芸の姿を。三人は微笑んでいた。そして、倭は心配そうに朝熊を見ていた。
「大丈夫だ」
朝熊は立ち上がり、倭にしか見せない笑顔を見せて、倭を安心させた。朝熊は思い出した。安芸が夢の中で言っていたことを。そして、倭が倭であるかぎり、自分は倭を守り続けられるであろうということを。その信念だけは、何者にも勝るのだ。それが自分には可能だということも。ただ、倭には何も言うことは出来ないのだ。知らぬままの倭でいて欲しかった。知ったことによって、倭の態度が変わることを朝熊は恐れたのであった。倭が自分をどれだけ信頼しているか、朝熊は知っていた。だから、その反動が恐かった。己が死ぬことよりも、倭の信頼をなくすほうが、朝熊にとっては痛手なのであった。
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