これで、奈半利も一人消え去った。東京に来ている奈半利は、檮原と越知の二人になった。檮原はそれを知って唇を噛み締めた。
「やはり、人数が足らぬか」
 突然に青磁色の球体が現れる。越知であった。
「祖谷は失敗したようやね。まあ、しかたないこっちゃ。魚梁瀬様に手勢を増やしてもらうよう、連絡したほうがいいんとちゃいます?」
 オレンジ色の髪の毛が、青磁色の球体の中で揺れていた。
「檮原様、魚梁瀬様はきっと今度のことが終わると、退位するやろね」
 それは檮原も考えついていた。人選ミスは、魚梁瀬の責任である。おそらく、自分が一番の人選ミスであろうと、檮原は思っていた。檮原に璃寛のことを命令したのは、明らかに魚梁瀬が檮原を過剰評価したからであった。檮原にはそれが出来ず、とりあえずは今のところ、魚梁瀬の人選ミスは明らかであった。
 越知はジッと檮原を見ていた。この男にしてはためらっているようで、傍から見ると不気味この上ない。
「檮原様、怒られるのを承知で言わしてもらうけど、麻績のことは僕に任せへん? そりゃ、魚梁瀬様の命には逆らうことになるんやけど、でもそれが適当やと思わへんかな」
 越知は檮原をまじまじと見つめて言った。檮原が即座に答を出そうとしたが、しかし開けかけた口を閉じた。
「お前には、出来るのか」
 しばらく後に檮原は言った。越知はさあ、と首を傾げた。
「それは判らへん。せやけど、このままやとどうしょうもないやん、と思いませんか、檮原様」
 麻績の顔が檮原の脳裏に浮かぶ。璃寛の顔にそれが重なる。それが命令だったから、と檮原は考えることがどうしても出来なかったのだ。
「彼の《力》がどういうもんかは判らへんかったけど、《力》の大きさは判った。味方であれば、奈半利にとって切り札になるんやない。彼は奈半利のジョーカーや」
「ジョーカー……切り札か」
 檮原が呟く。奈半利にとって、それは麻績だけではないはずなのだが、いや、これは魚梁瀬が自分だけに教えてくれたものだ、と檮原は口に出すのは止めた。
「越知、お前に任そうか」
 越知の表情に嬉しそうな色が浮かぶ。
「承知」
 越知は言い捨てるように、青磁色の球体ごと消えた。檮原はその後を見つめながら、一つ吐息を落とした。

「だいたい、檮原様は甘いんや。璃寛をその気にさせるには、息子を使えば良かったのに。なまじ、正攻法で行こうとするのが間違いの元や。璃寛がまだいるんやったら、もっと簡単やったのにな……」
 越知がぶつぶつと愚痴をたれていた。一人、自分の部屋の中であった。いつも、青磁色の球体の中に越知はいた。そこが、己の住処のようであった。
「霧島麻績……か」
 越知の脳裏にその姿が浮かぶ。長い髪を後ろで一本に三つ編みしている。綺麗な顔立ちをしているのだが、不思議に女を連想させない。彼を奈半利の思うままに動かせるとなると、かなりの価値が生じるのだ。戸隠の一族であり、そして、奈半利の一族である霧島家。璃寛の父は奈半利であることを誇りに思った人物であったと聞いている。だが、その息子に何故、奈半利に対してのその思いが備わっていないのだろうか。いや、しかし本当に霧島家を仲間にすることが必要だろうか、と越知は思ってもいた。彼をそのままにしておき、自分たちだけで他の三つの一族を消滅させる。いや、麻績は戸隠として生きようとしているのだから、彼も消滅させないといけなくなるのだ。それを、奈半利の一族の中で可能な者がいるだろうか。
 越知の考えは、いろいろな可能性を含んで入り乱れていた。とりあえず、麻績に会ってみることから話を始めることに決めた。


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