奈半利の王国。
「いったい、何をやっているんだ、東京の連中は……」
 奈半利の王である魚梁瀬は、いらだってコップをテーブルの上に音を立てて置いた。金属製のコップは、割れることなく激しい音を立てていた。
「何故、布城崇を手に入れないんだ。檮原たちは何をしている」
 魚梁瀬の前には、物部がいる。
「やはり、檮原を向かわせたのは間違いではなかったのか。璃寛に対しては檮原は客観的にはいられない心境であったはず。璃寛の息子が、彼と同じに見えてしまえば、檮原はそれをすることが出来ない」
 魚梁瀬がジロッと物部を見る。
「つまりは、私の人選が間違っていた、と言いたいのであろう」
 奈半利では《力》がすべてであった。それを持っているから、みなを束ねられると考えているのだ。そして、その能力の低下が知られてしまうと、次の王が自然に決まる。
 今は、魚梁瀬が奈半利で一番の《力》の持ち主である。そして、その次に《力》を持っているのが、物部であった。つまり、魚梁瀬が落ちた時には、物部が奈半利の王になるのだ。
 魚梁瀬は物部を見つめて、フフフッと笑った。
「物部、まあそれもよかろう。いざとなれば、私が東京へ向かう。その時は、お前が奈半利を継げばよい。みなが認めれば、な。それまでは私の裁量で行うぞ」
 物部は無言で笑っていた。
「ところで、伊勢のほうは放っておいてもよろしいのか。伊勢に対しては何も言われてなかったようだが……」
「戸隠に璃寛がいたように、伊勢にも同じような者がいるのだ。名前は知らぬが。我らの何代か前に植えつけたはずなのだが、伊勢の中に邪魔する者がいて、連絡が取れぬ状態が続いたのだ。確か、伊勢の何代か前の王の姉であったか、名前を安芸と言ったな、邪魔をした者は……。まあ、我らが手の者は、時期が来れば目覚めるであろう。いや、もう目覚めているかも知れぬが」
 魚梁瀬はそう言って、またフフッと笑った。
「物部、伊勢は内側から崩れる。我らの邪魔をすれば、その時は相手をすればよいが、それ以外は放っておいてもよいのだ」
「なるほどな……」
 物部は考え深げに頷いた。


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