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朝熊は毎夜、夢を見ていた。
「あなたは、誰?」
祖谷が問う。
「何故、私を殺す?」
倭が問う。
「お前は………だ。我らの仲間だ」
誰の声が判らない。いや、朝熊は気づいた。それは、己自身の声だ。その度に朝熊は目を覚ました。
「私は……誰だ」
そして、朝熊はその度に呟いた。
朝熊は己の額にそっと触れた。朝熊の勾玉はそこにある。半濁の緑色の勾玉は、朝熊が生まれた時からそこにあった。その色は、朝熊が意識して半濁にしている。そして、その透明度がどの程度なのか、朝熊しか知らなかった。
朝熊はとろとろとまどろんだ。
明るい光が満ちて、一人の女性がその中に現れた。
「安芸様」
朝熊はその容貌を聞かされていたので、それが安芸だということに気づいた。
「朝熊、倭姫を頼みますよ。倭姫を守れるのはあなたしかいないのです。己を信じなさい。あなたは、倭姫を守ろうと決めたのでしょう。その気持ちをずっと、持ち続けなさい。迷ってはいけませんよ。あなたしか、倭姫を守れないのです」
安芸はそう言って、優しげな微笑みを浮かべた。
「安芸様、あなたには判っていたのですか。今のことが、これからのことが……。安芸様、あなたの知っていることをすべて教えてください。私は、私はいったい何者なのです?」
安芸は首を振った。
「自分を信じるのです。迷わずに、倭姫を守ることだけを考えなさい。倭姫があの勾玉をつけているのと同じ意味で、あなたはその勾玉をつけているのですよ」
安芸の指先が、そっと朝熊の勾玉に触れる。その指先がボウッと白い光を放った。朝熊の勾玉がその透明度を増していく。透明の勾玉と見紛うほどに、朝熊のそれは透明度が高かった。倭の勾玉と同じくらいに。倭の勾玉が透明に僅かに緑と水色が混ざっているのに較べて、朝熊は純粋な緑色が透明に僅かに混ざっているだけであった。
「それをあなたが、いつも半濁にしているわけはよく判ります。だからこそ、あなたは倭姫と同じ時に生まれたのです。倭姫と伊勢を頼みましたよ、朝熊」
安芸が揺らめいて消え始めた。
「あ、安芸様、布城崇は透明の勾玉の持ち主ですか。私たちが探しているのは、彼なんですか」
安芸は少し首を傾げて、
「それは、私にもはっきりとは判りません。一つだけ朝熊、あなたに教えておきましょう。これは伊勢の誰にも知られていないことですが。透明の勾玉の持ち主が現れる時、必ずそれに対になる勾玉の持ち主が現れます。今まで伊勢に迎えられた人はいませんが、必ず、その人は現れます。ただ、その人にどんな《力》があるのかなどということは、判りませんが……」
と言ってすっかり消え去った。
そして、朝熊はすっかり目を覚ました。朝日が朝熊の横顔に当たっていた。
「透明の勾玉に対の勾玉の持ち主が現れる……か」
確かにそれは、伊勢の中では言われていたことはなかった。透明の勾玉については、おそらく一族すべてが知っているが、それに対になっている勾玉については、知る人はいないであろう。
「安芸様は、どれだけのことをご存知だったのか……」
朝熊は、己の勾玉をいつものように半濁の緑色に戻す。自分の勾玉がほとんど透明なことを、朝熊は一人で知った。親もそれを知らず、このことは朝熊一人の胸にしまわれていたのだ。朝熊の勾玉の透明度が変わったのは、倭が生まれた時であった。そして、倭の勾玉が透明により近いことを知った朝熊が、意識して自分の勾玉を半濁にしていたのであった。
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